闇に溢れる

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起きたら祖父の仏壇に向かって手を合わせる。 仏壇にはわたしが去年持ってきた半成人式の作文が置いてあった。恥ずかしくなって裏返して置いた。 今日は花ちゃんと朝から遊ぶ約束をしているから、ちゃんと朝食をとって急いで支度をする。 鏡で全身をチェックして、虫よけスプレーを振ってさっと体に吹き付け、水筒を肩にかける。 いってきますと言って、扉を開けると、むっとした空気が流れてくる。 外で待っていたらしい花ちゃんの首筋は汗でしっとりとしていた。 ぬるい風が吹いて花ちゃんの麦わら帽子についているリボンが揺れる。 川で遊んで、昼になったら花ちゃんの家で風鈴の音を聞きながら素麺を食べる。少し休憩したら、水筒に飲み物を補充してまた外で遊ぶ。いつも通りだった。いつも通り、何も特別なことはなく時間は過ぎていっていた。 特にすることもなくなって、山の入口近くの木陰に入って駄弁っていると、突然ごうっと強い風が吹いて木々がざわめいた。 なんだか山の雰囲気が変わった気がして見回す。花ちゃんはきょろきょろしているわたしを不思議そうに見ていた。森の奥が真っ黒に見えた。夢で見た暗くて濃い霧と重なった。 ――急がなければ。 わたしは走って奥の暗闇を目指した。後ろで花ちゃんが、どうしたの、とか、待ってよ、とか言うのが聞こえてきたが構っている暇はなかった。 なぜだかわたしは今なら祭りに参加できるかもしれない、鬼火通りに行けるかもしれないという気になって、今行かなければ後悔すると直感した。 「ねぇ花ちゃん、鬼火通りに行けるかも!」 後ろにいるはずの花ちゃんに話しかけて振り向いた。
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