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振り向いたはずだった。しかし、視界は暗く、ぼんやりとした光が見えるだけだった。
濃い霧に包まれていることに気がついた。
花ちゃんの返事はなく、気配もまた無かった。
深い霧のなかにわたし一人きりだった。
けれど、恐怖や不安よりも好奇心が勝った。
――おばあちゃんの話は本当かもしれない!やっと……、やっと階段を登り切った先の景色を見ることができるかもしれない!
期待通り、階段らしき段差があった。迷霧の向こうにわたしが待ちわびた世界があると信じて登り続けた。登っていくにつれて、霧は晴れていった。そして、夢と同じ光景が広がる。古びた石造りの階段。石段の両端に等間隔で浮いている青い炎。ずっと奥まで続く長い長い階段。
何もかもが、わたしの夢と、そして祖母の話と同じだった。わたしは歓喜に口元が緩むのを感じた。どうやって帰るのか、ここはどこなのかなど考えもしなかった。夢中になって階段を駆け上がった。
祭囃子の音が近づく。
温かい光が広がっていく。
階段を登りきって、まず出店がずらりと並んでいるのが見えた。奥の方までずっと続いている。通りを歩く者は、多種多様な姿をしていた。動物のような姿、人間のような姿、何とも名状しがたい姿まで。そして、提灯が宙に整列していた。整列しているうちの一つが真ん中でぱかっと割れた。破けたのかと思いびっくりしていると、その提灯が割れた部分から「今年は明かりの役なんてついてないよなぁ」と文句を垂れた。口だったらしい。
「そう言いなさんなよ。来年は出店を見て回れるだろうし、ちっとの辛抱だよ」
と、少し下の方から声がした。いつの間にか、紺の浴衣を着た狐が目の前に立っていた。少年のような声の狐の背の高さはわたしの胸あたりで、二本の後ろ足で立っている。
その狐はわたしに目を向けると、「あんた、また来たのか」と言った。
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