5 肝試しに行こう!

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5 肝試しに行こう!

 もうすぐ夏休み!  待ち遠しいのか、なんだかクラスのみんなが浮足立ってるよ。 「スズ香は夏休み、どこかに行く予定はあるの?」  空いているとなりの席に座っているカヲルが、わたしに尋ねた。  山のことがあってから、カヲルはお昼休みのたびにとなりのクラスから遊びに来てくれる。「ズルイ!」っていう女子の視線が気になるけど、それもちょっと優越感だったりする。エヘヘ。 「わたしは特にないなあ」  しいて言えば、神社の夏祭りを手伝うことくらいかな。 「じゃあ、うちの家族旅行に来る? どっか、海外に行くとか言ってたけど」 「そんな、家族水入らずの旅行について行くなんてできないよ」  わたしはメッソウもないとブンブンと手と首を振った。 「うちはそういうの気にしないよ。それにスズ香は両親がいないから、遠出できないでしょ」 「……あ、うん、確かに」  わたしは軽く笑みを浮かべたまま、視線を下げた。  わたしはおジイちゃんとおバアちゃんの三人で暮らしている。  お父さんとお母さんは、わたしが七歳の時に交通事故で死んじゃったんだ。  そのことは、この町の人なら誰でも知ってる。  毎日泣いて、食事も喉を通らなかった。  おジイちゃんもおバアちゃんも優しいけど、あのころは本当に本当につらかったから、コンゴウとシロガネがいなかったら、立ち直れなかったかもしれない。  あれから神使たちが過保護になったんだ。学校にまでついてくるようになったのは、それからのこと。  コンゴウとシロガネは、親のように、兄姉のように、友達のように、いつもわたしを見守ってくれているの。 「でも、本当にだいじょうぶだよ。わたしは神社にいるのが大好きなんだ。誘ってくれてありがとう」 「そう、無理してないならいいんだ。じゃあ近場で、どこかに遊びに行こうか」 「うんっ!」  わあい! 友達と出かけるなんて、初めてかも! 「ハーイ、注目!」  教壇に上がった麗子ちゃんがパンパンと手を打った。麗子ちゃんの両となりで、「静かに!」「麗子が話すよ!」とお供の二人もクラスメイトに呼びかけている。 「今日の夜、七時三十分から、クラス全員で肝試しをやるよ!」 「えー―――――⁉」  突然のことだったので、みんな驚いてる。クラスがザワザワとしだした。 「いいじゃないの、どうせ暇でしょ」  麗子ちゃんはポニーテールの髪を揺らして、クラスメイトを見回す。 「まあ、暇だけどさ」 「肝試しなんて面白そうじゃん!」  という肯定的な声もあれば、 「今日は塾だよ!」 「門限六時だからムリ」  という否定的な声もある。 「塾なんて一回くらい休んだってバカにならないわよ。門限は学校行事だって言って親を説得すればいいでしょ」 「全員強制参加だからね」 「仲間でしょ!」  お供が麗子ちゃんをサポートする。 「麗子はあいかわらず、わがままだな」  カヲルは頬杖をついて、あきれたような顔をした。 「場所はどこなの?」  悠一郎くんに尋ねられた麗子ちゃんは、瞳を輝かせた。 「今、一番のホットスポット『おばけトンネル』よ!」  また、クラスが蜂の巣をつついたような騒ぎになった。 「いいじゃん、行ってみたかったんだ!」 「みんなで行けば怖くないよね」  という行きたい派と、 「そこはヤバいってウワサだぜ」 「やめておこうよ」  という反対派に分かれた。 「スズ香」  カヲルと視線が合うと、わたしは「わかってる」とうなずいた。  おばけトンネルは、先日、空から見て危険だと感じた場所だ。  わたしは立ち上がった。 「麗子ちゃん、おばけトンネルには行かないほうがいいよ!」  クラスではあまり発言をしないわたしがハッキリと意見したので、みんな驚いたように静かになった。 「あっそ。じゃあ、スズ香は来なくていいよ」 「えっ、待って、そういう意味じゃなくて」  麗子ちゃんにアッサリ切られてしまった。全員強制参加じゃなかったの? 「その代わり、カヲルさまが来て~」  麗子ちゃんはカヲルを誘った。わたしのときと、声のトーンがぜんぜん違う。 「行かない」  カヲルは素っ気なく断った。 「くっ……残念。どうしてスズ香なんかと一緒にいるのよ」  麗子ちゃんはくやしそうな顔になる。 「麗子ちゃん、誰が行くとかじゃなくて、その企画自体、中止にしてほしいんだってば。おばけトンネルは危ないんだよ」  わたしはもう一度、主張した。 「どうしてやめなきゃならないのよ。スズ香は来ないんだから、関係ないでしょ」  ああっ、わたしは行かないことになってる! 「やれやれ、あれは意地になってるな」  カヲルは頬杖をついたまま、麗子ちゃんを流し見ている。 「強制はよくないよ。ぼくもトンネルの悪いうわさを聞いたことがあるから行きたくない。興味がある人だけで計画すればいいんじゃないかな」  悠一郎くんが発言した。 「ええっ、そんなあ」  麗子ちゃんはガッカリしたようだったけれど、すぐになにか思いついたように、ニヤリと笑った。 「じゃあ、悠一郎が参加してくれるなら、希望者だけってことにしてもいいわよ」  麗子ちゃんは交換条件を出した。しかも悠一郎くんにとっては、どっちを選んでも参加しなきゃいけなくて、全然メリットがない。 「まいったな、ぼくも行きたくないんだけど」 「じゃあ、クラス全員、強制参加にする!」  悠一郎くんはあきらめたように、ため息をついた。 「……わかった、参加するよ」 「やったあ! じゃあ、もういいわ、みんなは来なくて」  なんだよそれ! とブーイングが起こったけれど、麗子ちゃんはおかまいなし。足取りも軽く教壇から降りた。 「全員参加って言いだしたのは、悠一郎を参加させるための口実だったみたいだな。悠一郎だけ誘っても断られるから、行事ってていにしたんだ」  カヲルはやれやれというように肩をすくめた。 「カヲル、どうしよう」 「ああなった麗子はとめられないよ。放っておけばいい」 《スズ香は忠告してやったんだ。トンネルで怖い思いをしたとしても、自業自得だろ》  肩にいるコンゴウも、カヲルと同じ意見みたい。 「でも悠一郎くんは、行きたくない人のために参加してくれたんだよ。なにかあったらかわいそう」  わたしはいい案がないか考えた。  ……そうだ! 「麗子ちゃん、別のクラスだけど、龍司を連れて行ってよ。危ない場所とか、教えてくれるはずだから」  龍司なら幽霊が見えるし、お祓いもできる。きっと悠一郎くんたちを守ってくれるよね。 「あらスズ香、たまにはいいこと言うじゃない。龍司なら大歓迎よ!」  よかった、許可をもらえた。  わたしはホッとして、席についた。 「麗子は本当にメンクイだな。本命は悠一郎だろうけど、顔が良ければなんでもいいっていう一貫した態度は、いっそすがすがしいよ」  カヲルは眉をひそめて、ますますあきれた表情になった。 「ちょっとスズ香、なに座ってるの。今から龍司を誘いに行くわよ」 「えっ、わたしも行くの?」  いつのまにか麗子ちゃんがそばにいた。 「当たり前でしょ。腹立たしいけど、スズ香から誘ったほうが、参加する可能性が上がるんだから」  急かされて廊下に出ると、龍司と同じクラスのカヲルがとなりの教室に入って、龍司を呼び出してくれた。 「なんだよスズ香。おれを呼び出すなんて珍しいじゃないか」  龍司は廊下の壁に寄りかかって、わたしをうながした。龍司の腕と足には、まだ大きな絆創膏がはってあった。それを見るたびに、申し訳ない気持ちと、ちょっとくすぐったい気持ちにもなった。 「あのね、言いにくいんだけどね……」  わたしはなかなか本題に入れなかった。  だって龍司、怒りそうなんだもん。 「スズ香のクラスがおばけトンネルで肝試しをすることになったから、龍司にも参加してほしいんだってさ」  わたしがもじもじしていると、代わりにカヲルが言ってくれた。 「はあ? バカじゃねえの。近づくなっつっただろ!」  はわわっ、やっぱり怒られた! わたしは止めたのに!  わたしは思わずぎゅっと目を閉じた。 「本当におばけがいるか、確かめに行くのよ。おもしろそうでしょ? 龍司は幽霊が見えるんだから、どんな霊がいるのか解説してよ」  わたしも龍司も同じように幽霊が見えることは知られているけれど、麗子ちゃんの態度はこんなに違う。ひどい。 「マジで危ねえよ、やめとけ麗子」 「そう言うなら、龍司があたしを守ってよ」 「なんでだよ」  龍司は頭痛がするとでもいうように、頭を押さえた。 「スズ香も行くのか?」 「わたしは行かないから、龍司に行ってもらおうと思って」 「おれに見張り役を押しつけに来たのか」 「そ、そういうわけじゃ」  わたしは慌てて手をふった。でも、結果的にそうなっちゃうのかな。  龍司は腕を組んで、しばらく考えてから、壁から体を離して真っすぐに立った。 「スズ香が行くなら、おれも参加するよ」 「えっ、でもわたしは……」 「やった! これで決まりね。スズ香も来るのよ!」 「ええっ? いたっ」  麗子ちゃんに強く背中を叩かれた。さっきは来なくていいって言ってたのに、手首が骨折しそうなほどの手のひら返しだよ! 「ううっ、わたしまで巻き込まれちゃった」 「バーカ、それはこっちのセリフだっつの」  龍司は舌を出して、教室に入っていった。 「今夜はあたしもつきあうよ、スズ香」  ポンとわたしの肩を叩いて、カヲルも教室に入った。  そこに、キーンコーンカーンコーン、と予鈴が鳴り響いた。  うわあ、危ないおばけトンネルに行くことになっちゃったよ!
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