6 おばけトンネル

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6 おばけトンネル

 放課後になって帰ろうとしていると、カヲルに呼ばれた。 「図書室で龍司とおばけトンネルについて調べることにしたんだ。スズ香もおいで」 「いいね。気になってたんだよ!」  わたしたちはランドセルを背負ったまま、図書室に向かった。カヲルも悠一郎くんみたいにおとなびた顔つきだけど、すらっとした細身に、不思議とランドセルが似合っている。  龍司はランドセルを片方の肩だけにひっかけているのだけど、ボロボロにつぶれていて、なんだか別のカバンみたいになっちゃってた。 「これを使おう」  カヲルは、図書室に一つだけあるパソコンの前の椅子に座った。 「カヲルはパソコンを使えるの?」  プログラミングの授業はあったけど、わたしはちょっと、パソコンは苦手だな。 「うん。親の手伝いをしていたら、自然に覚えた」  カヲルの両親は自宅でIT系の仕事をしているんだって。お父さんの狩猟は、ボランティアみたいなものみたい。本業はIT。その手伝いをしているなんて、カヲルはすごい。  カヲルはパソコンを立ち上げて、パチパチと慣れた手つきでキーボードを叩いている。わたしと龍司は、カヲルの両隣に座ってモニターを見た。 「このサイトがわかりやすく、おばけトンネルの歴史についてまとめてる」 「なになに。おばけトンネルについて。約七十年前に作られて、老朽化と新トンネル開通により、五年前に封鎖された。……けっこう最近まで使われていたんだな」 《……っ》  肩にいるコンゴウが、ピクリと反応した。 「どうしたの?」 《いや、なんでもない》  そう言ってコンゴウは、伏せをした状態でゆったりとシッポを振った。  なんでもない、って感じじゃなかったけどな。変なの。  龍司が続けてネットの文章を読み上げる。 「道幅が狭く、カーブの多い長いトンネルのため、たびたび玉突き事故が起きていた。地震により壁が崩れ、数百人も亡くなったかなしい事故があったあと、玉突き事故の頻度が上がった。怨霊のしわざではないかとうわさになり、霊の目撃証言が多発している。……うわあ、ガチなやつだわ」  龍司はげんなりとした顔をした。  カヲルが代わって、続きの記事を読んでくれる。 「トンネルが封鎖されてからは、自殺の名所としても知られるようになった。毎年のように、トンネル近くの崖から身投げをして命を落としている。心霊スポットとして注目されているが、くれぐれもつまらない好奇心で近づかないように。命の保証はない。……だってさ」 「やだ、怖がらせるように、大げさに書いてるだけでしょ」  わたしは怖くなってしまった。 「いや、合ってるんじゃねえの。遠目から見たって、ヤバいってわかるほどだったもんな」  龍司は伸びをするように背もたれに寄りかかった。 「たしかに……。やっぱり、行きたくないよう」  わたしは身を縮ませた。 「スズ香が麗子の暴走をとめられなかったから、こうなったんだろ」  龍司はわたしをからかうような口調で言った。 「そういう龍司なら、麗子をとめられたっていうのか?」  カヲルに言われて、龍司は考える仕草をした。 「……ムリだな」  わたしたちは、三人揃ってため息をついた。 「とりあえず、ちょっと肝試しをすれば気がすむだろ。トンネルにあまり近づく前に、帰るように仕向けようぜ」  わたしたちは、うなずきあった。 「そろそろ行かなきゃなあ」  夕ご飯を食べ終わって、居間でゴロゴロとしていたわたしは、時計が六時五十分を指すのを見て、しぶしぶと起き上がった。  この家からおばけトンネルまで、自転車で二十五分くらいかかる。七時三十分に、おばけトンネル近くの広場で集合することになっていた。 「どこに行くんだ、スズ香」 「そっか、言ってなかったっけ」  テレビを見ているおジイちゃんがわたしにたずねた。神社にいるときは白衣に袴姿のおジイちゃんも、家ではジンベエを着ている。  夜、クラスメイトと肝試しをすることは事前に伝えていて、おジイちゃんにオーケーをもらってある。でも、うっかり場所を言いそびれていた。  わたしは遊びに行くことがほとんどないから、おジイちゃんとおバアちゃんは、ものすごく喜んでくれた。 「肝試しをする場所は、おばけトンネルだよ」  そう言った途端、おジイちゃんの顔色が青くなっていった。 「よりによって、あのトンネルなのか……。やめておきなさい」 「えっ、でもさっきは、行っていいって言ったよね」 「場所が悪すぎる」  おジイちゃんまで、そう言うくらい怖い場所なの?  わたしは、ますます腰が重くなった。 「わたしもあまり行きたくないんだけどね、幽霊が見えるわたしと龍司がいないと、もっとみんなが危なくなるかもしれないから」  わたしの言葉で、おジイちゃんは「幽霊の危険性は今気づいた」というような顔をした。 「……そういえば、あそこは心霊スポットになっていたんだっけな」 「おジイちゃんは、おばけが出るから行くなって言ったんじゃないの?」 「まあ、それは……」  おジイちゃんの歯切れが悪くなった。 「コンゴウさま、シロガネさま、スズ香について行ってくださいますか?」 《ああ》 《もちろんよ》  わたしの両肩にのっている神使たちはうなずいた。  おジイちゃんにも神使や幽霊、妖怪なんかが見えるんだ。でもおバアちゃんは神社の直系じゃないから、見えないんだって。  そこに、ピンポーンと玄関の呼び鈴が鳴った。  うちは神社の境内にある、社務所とつながっているんだ。社務所の入り口と玄関は別にある。 「ハーイ」  引き戸の玄関を開けると、龍司が立っていた。 「あれ、龍司」 「迎えに来てやったぞ。暗いからな」  ちょっと怒ったような顔で、いつもの調子で龍司が言った。 「一人でだいじょうぶなのに」 「いいから、早く出て来いよ。遅れるぞ」 「そうだよね」  わたしは準備していたリュックを取りに行って玄関に戻ると、おバアちゃんが龍司と話していた。 「龍司くんが一緒なら安心ね」 「帰りも、責任をもって送ります」 「あらあら、心強いわ。よかったわねスズ香」 「うん。ありがとう」  今はまだ外は完全に暗くなりきっていないけど、帰りは真っ暗なはずだもんね。一人で帰るのはちょっと怖い。たとえ龍司だとしても、誰かがいてくれると助かる。 「なんだよ、素直に礼を言われると、変な感じだな」  龍司はベリーショートの髪を照れくさそうにかき上げた。 「おれの自転車の後ろに乗っていくか?」 「二人乗りはルール違反なんだよ」 「真面目なやつ」  龍司はつまらなそうに言う。  わたしたちは、おばけトンネルに向かって自転車をこいだ。  まだほんのりと明るさがあった空は、みるみるうちに暗くなっていった。山道になると外灯が少なくなって、星がキラキラと輝いて見える。  それにしても、斜面ってだけでも自転車は大変なのに、ライトをつけているから、よけいにペダルが重い!  日が落ちたとはいえただでさえ暑いのに、山道をのぼっているから、汗がふき出してくる。  集合時間の五分前に、わたしたちは広場に到着した。 「やっと着いたあ」  ぜいぜいと息が切れる。運動は苦手だよう。 「そんなに疲れるなら、素直におれの後ろに乗っておけばよかったのに」  龍司があきれたように言う。  広場には三十人以上いるようだった。同じ学年の生徒だけじゃなくて、下級生も来ているみたい。  みんな怖いのが好きなんだね。わたしはイヤだけど……。 「来たね、スズ香」  カヲルは話していた友達の輪から外れて、こっちに向かって歩いてきた。 「あっちの友達はいいの?」 「うん。幽霊が見えるスズ香や龍司と一緒にいたほうが、おもしろそうだからね」 「えっ、そんな理由なの?」  わたしはちょっと、くちびるをとがらせた。みんなわたしのこと、「幽霊が見えるマシーン」だと思ってるんじゃないかな。 「いいじゃないか、特技なんだから」  カヲルはクスリと笑って、わたしの頭に手をのせた。 「これから危険なところに行くんだ。あたしは幽霊が見えないから、どこまで力になれるかわからないけど、できる限りスズ香を守るよ」  そう言われて、一気にわたしの顔が熱くなった。 「どうしてカヲルは、そんなに優しくしてくれるの?」  わたしの友達になってくれたし。 「別に普通だけど。しいていえば、なんかスズ香は放っておけないんだよ。龍司もそうでしょ?」 「なんでおれに話をふるんだよ」  龍司は眉をつり上げて、ふいっと顔をそらせた。 「さあ、時間になったわ。おばけトンネルに行くわよ!」  広場の中心にいる麗子ちゃんの号令で、みんなぞろぞろとトンネルに向かって歩き出した。  おばけトンネルは自転車でのぼってきた道路から、脇に反れた道の奥にある。  一応、道に舗装はしてあるけれど、ひびや穴があいていて、注意して歩かないと転びそうになる。何年も使われていないトンネルに続く道なんだもん。仕方ないよね。  わたしたちは持ってきた懐中電灯や、スマートフォンのライトで足元を照らしながら歩いた。  道の両側は草や木が生い茂っていて、ガードレールはさびて倒れてしまっている。  そんな木々の闇の隙間から、いろいろなものが見えていた。 「ううう、もう幽霊がいっぱいいるよ」  わたしは自分の体を抱きしめるように、手をクロスさせた。  幽霊が見えるといっても、昼間はそんなに見ることはないの。それに神社にいれば、幽霊が入ってくることはほとんどない。幽霊ってやっぱり、夜に活動するんだね。 「はわっ!」  わたしはしゃがみ込んだ。  突然、首筋に冷たい風を感じて、大きな声を出しそうになるのを両手で塞いでなんとか耐えた。大声を出したら目立っちゃう。 「どうしたの、スズ香」  カヲルがわたしを立ち上がらせてくれた。 「今、ろくろ首に、息を吹きかけられた」  暗闇から出した長い首を揺らしながら、ろくろ首が笑っている。  わたしが「見える」とわかっていて、からかってきたんだ。くやしい!  夜に歩いていると、こういうことがときどきあるんだ。だから夜は出歩かないようにしているのに! 「もう、いたずらしないでよねっ」  ビシッとろくろ首に指を突き立てたけれど、まったく反省しているようすはない。 「なっさけねえの」  龍司はカラカラと笑った。龍司もいじわるだ。 「そんなに怖いなら、手をつないでやってもいいぞ」  龍司が手を差し出してくる。 「手、かあ」  確かに手をつなげたら、怖いのが半減するかもしれない。でも龍司とはいえ、男の子と手をつなぐのは恥ずかしい。 「カヲル、手をつないでもいい?」 「いいよ」  カヲルがわたしの手を握ってくれた。ちょっと冷たくて、すべすべしてる。 「なんで、そっちなんだよ」  龍司のムッとした声が聞こえた。 「だって龍司は……きゃああっ」  今度こそ大きな声を出して、カヲルの腕に抱きついてしまった。  龍司だと思って話しかけた相手が、のっぺらぼうだったの!  のっぺらぼうは「やったあ、成功だあ」と笑いながら、暗闇に逃げていった。 「やだもう、夜の森、怖い」 「なにか見えたの? スズ香は大変だなあ」  カヲルがあいているほうの手で、わたしの頭をなでてくれた。 「いいなあ、カヲルさまと」 「なんか恋人みたいだよね」  後ろから声が聞こえたけど、わたしはそれどころじゃない。 「おまえら、イチャイチャすんな!」 「女子同士で、イチャイチャもないだろ」  龍司の抗議を、カヲルはさらっとかわす。 「カヲルはいいなあ。人気者だし、落ち着いてるし、美人だし、頭もいいし、運動神経もいいし。悩みなんてないでしょ」  わたしはカヲルの腕を抱きしめながら、肩に頭をあずけてみた。同い年なのに、なんだかお姉さんみたいに安心する。 「わたしなんて運動は苦手だし、友達も少ないし」  少ないというか、カヲルしかいない。  性格も成績も容姿もフツーなんだけどな。なんで友達ができないんだろう。 「スズ香は声をかけづらいんだよ」  ガーン!  わたしはカヲルの言葉に涙目になる。 「神社の巫女だからかな。神秘的な空気をまとっているっていうか、用もないのに話しかけちゃいけない感じがする」 「そんなっ、フツーなのに!」 「普通の人は、髪にそういうの使わないよ」 「そうかなあ」  ハーフアップにしている黒髪に、ヘアゴム代わりに使っている、ギザギザの白い紙垂。神さまのご加護をいただける気がして元気が出るから、みんなもつければいいのに。 「用がなくても、龍司や麗子ちゃんは声をかけてくるよ」 「麗子は空気が読めないからね。それに、麗子がお気に入りのイケメンとばかりスズ香が話してるから、突っかかってくるんだよ」  つまり、悠一郎くんとか龍司とか。  悠一郎くんはイケメンで異議なしだけど、龍司は……。  龍司は勝負を持ちかけてくるのは面倒くさいけど、助けてくれるときは、カッコいいかも。 「それにあたしにも、悩みくらいあるよ」  龍司のことを考えていると、カヲルが意外な発言をした。 「カヲルにも悩みがあるの? なに?」  わたしは前のめりになった。 「そんなの、言うわけないでしょ」 「そんなこと言って、本当はないんでしょ。わたしに話を合わせただけなんでしょ?」 「なんでそんなこと知りたがるんだよ」 「わたしにはいっぱい悩みがあるからだよっ」  幽霊が見えること……は、いいこともあるけど、やっぱり人と違うんだなって思っちゃうし、人前で話すことも苦手。 「……だよ」 「え? ごめん聞こえなかった。もう一回言って」  カヲルは、恥ずかしそうに顔を赤らめた。そしてわたしの耳元にくちびるを寄せた。 「スカートが、似合わないことだよ」 「……えっ」  そういえば、カヲルがスカートをはいているところを見たことがなかった。学校でも休日でも、いつもパンツだったから。 「気にしてたの?」 「気にしてたよ。中学生になったら制服が心配なんだ。内緒だからね」 「うん。カヲル、かわいいっ!」 「こら、引っ張るなよ」  わたしはカヲルの腕をぎゅっと抱きしめた。 「だからおまえら、イチャイチャすんなって言ってるだろ」 「あれ龍司、まだいたの?」 「なっ……!」  龍司のことをすっかり忘れていた。 「ほらカヲル、そろそろ代わってやるよ。スズ香は重いだろ」 「失礼ねっ! そんなに体重かけてないよ」 「別に、スズ香は軽いけど。ほら」 「ふええっ、ちょっとカヲル!」  ひょいっと、カヲルにお姫様だっこされちゃった! 「やだ、目立っちゃうよ。恥ずかしい、おろして」 「どうしようかな」  カヲルは楽しそうにニヤニヤしている。 「カヲル、てめえ、わざとだな」  龍司はじだんだをふんだ。 「龍司が素直じゃないから、おもしろくて。まあいいや。手を広げなよ」 「手だあ? 広げてどうするんだよ」 「いいから。……うん、そのまま。落とすなよ」  カヲルがそう言った途端、わたしの体がふわっと浮いた。 「パス」 「わわわわっ」 「ええっ」  そして気づけば、今度は龍司にお姫様だっこされていた。わたしはボールみたいにカヲルに投げられちゃったんだ。 「同じクラスのよしみ」 「ちょっとカヲル、わたしはモノじゃないんだからねっ」  びっくりして、わたしは落ちないようにギュッと龍司の肩に両腕を回して抱きついた。  あっ、感触がカヲルと違う。  身長は同じくらいなのに、肩幅があるし、体に厚みがあってたくましい。やっぱり、龍司は男の子なんだな。  そう思うと、ドキドキしてしまう。 「……あれ、龍司?」  龍司はわたしをだっこしたまま、立ち止まって固まっていた。 「そんなに重いの? 降りるから、しゃがんでよ」 「あーあ、フリーズしたか。よくそれで手をつなぎたがったな」  気がついたら、あちこちで手をつないだり抱きついたりと、まるでお化け屋敷を楽しんでいるような雰囲気になってきた。 「やあん、悠一郎、こわい~」  麗子ちゃんも、嬉しそうに悠一郎くんに抱きついてる。悠一郎くんはちょっと迷惑そうな顔をしてる。「離れて」と言っても麗子ちゃんは聞かないんだろうな。 《怖いなら来なければいいのにな》 《バカね、これがしたいから肝試しをしてるんでしょ》  神使たちは、わたしの肩の上でしらけていた。  そんなやりとりをしていたら、前方がざわつき始めた。 「ここに柵がある。立ち入り禁止って看板もあるな」 「いよいよこの先にトンネルがあるみたいだね」  そんな声が聞こえて来た。  みんなの懐中電灯の光で浮かび上がっている鉄の柵は、わたしの身長くらいあった。やろうと思えば、乗り越えられそうだけど……。  トンネルを閉鎖した五年前に作られたものなのかな? そんなにさびてもいなかった。 「見てのとおり、この先は立ち入り禁止だ、ここまでにしておこう。充分、肝試しを楽しんだだろ」  龍司が柵の前まで移動して、みんなを振り返った。 「なに言ってるのよ、ここまで来たら、トンネルを見たいに決まってるでしょ!」  悠一郎くんの腕を抱きしめたまま、麗子ちゃんが言った。 「そうだよ、見たいよね、みんな」  麗子ちゃんのお供があおると、みんな「そうだ、そうだ」と言い始めた。  肝試しは自由参加になったので、集まったメンバーは「おばけトンネル」に興味がある人ばかり。この反応は当然かもしれない。  わたしも柵に近づいた。 「うっ……なにこれ」  柵の奥の闇はいっそう濃くて、まるで生き物のように、うごめいている気がした。  舌なめずりをして、エモノを待っている、バケモノ。  背筋にゾクリと冷たいものが走った。  行っちゃいけない場所だ。  本能で、そうわかった。 「みんな、やめようよ。本当に危険だよ」  わたしがそう言うと、 「霊が見えるスズ香と龍司がこう言ってるんだ。素直に従ったほうがいい」  と、カヲルも加勢してくれた。  だけど。 「帰りたいヤツは帰ればいいじゃん。おまえらにオレたちを止める権利はないだろ」 「そうだよ。トンネルの写真撮ってくるって、SNSで宣言してきちゃったんだからさ」 「行こうぜ」  一人が柵を乗り越えてしまうと、もうだめだった。  この流れは止められない。  これだけ言ったのに、帰ろうとする人は一人もいなかった。 「ちっ、ダメか」  龍司は柵を拳で叩いた。 「おれたちだけでも帰っちまいたいところだけど、これでなにかあったら寝覚めが悪すぎる」 「腹をくくるしかないようだね」  そう言ったカヲルは柵に手をかけると、軽々と飛び越えた。龍司も同じようにヒラリと向こう側に移動する。二人ともスタントマンみたいでカッコいい。 「スズ香、手を貸そうか?」 「だ、だいじょうぶだよ」  下級生の子だってできてるんだから。  わたしは「うんしょ」と言いながら時間をかけて、やっと柵を越えられた。だって高さがわたしの身長くらいあるんだもん。わたしが普通で、二人の運動神経がよすぎなだけだからね! 「よし、やっと越えられた」  わたしが着地した途端。  ヒヤリとした空気に、全身をなでられた。  ぞわっと鳥肌が立つ。  さっきまで暑かったのに、柵のあっちとこっちで、どうしてこんなに温度が違うんだろう。 「マジでヤベーよな」  龍司も同じことを感じているみたい。まいったというように、ベリーショートの髪をかきまぜた。 「さっきまで使えてたのに、スマホが圏外になった。山では珍しいことじゃないとはいえ、この辺りはエリア内のはずなのに」  カヲルもスマートフォンを見ながら、眉をしかめた。 「霊の集まる場所は、電波や磁場を狂わせるからな」  そう言って、龍司は表情を引きしめた。  すでに不思議なことが起こり始めてる。  でもこうなったら、進むしかないよね。  わたしたちはうなずきあって歩き出した。
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