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「僕は地球に居られなくなったから、これでお別れだ」
時計を見ると深夜の二時だった。寝ているところをインターフォンで起こされて何を言われるのかと思っていたら下手な別れ話だった。
優柔不断なところがあるとは思っていたけれど、ここまでとは思っていなかった。嘘なのが見え見えだ。
「それをわざわざ言いに?」
「ああ。今日の夜明けには出るから」
と、普段と変わらない何食わぬ顔で言った。私の嫌味はまったく効果がないみたいだった。
あくまでもその設定を突き通す気か、と呆れ半分で聞いていると彼の後ろの方から何やら大きな機械の動く音がした。
すこし身体を傾けて彼の向こう側を見ると、全体が銀色の球体がアパート前の駐車場に停まっていた──いや、着陸していると言ったほうがいいかもしれない。
大きめの一人用テントくらいのサイズで、球体の下にはジェット機のエンジンみたいな物が見える。
「え、マジなの……?」
「うん、マジだよ」
もういろいろと分からない。分からないことが多過ぎて何から訊けばいいのかすら分からない。
すると、彼は私の状況を察したのか、空を指さした。
「あれ」
と、彼のさす方向へ視点をずらすと、夜空の中で一際輝いている流星が目に入った。
数百年周期で地球の近くを通り過ぎる流星らしく、それが肉眼で見ることができると随分前からメディアで騒がれていた。
「まだ公表されていないんだけど、あれ地球に向かって飛んできてるんだ」
「それって隕石が地球に落ちてくるってこと?」
「そういうこと。で、あの隕石、どうやら僕に向かって飛んできてるみたいなんだよね」
笑っちゃうよね、と彼は本当に笑いながら言う。
「いや笑えないよ。どういうこと、なんで……」
「なんか僕がそういう体質みたい。詳しいことは分かんないけど」
だから地球に居られなくなった、なのか。
つまり、あの流星を引き連れてロケットでどこかへ行くということなのだろう。
はたして本当にそんなことが有り得るのかと思ってしまうけれど、ここまできて嘘ということもないだろう。
「私も一緒に行きたい」
と言うと、彼は一瞬呆けたような顔をしてから腹を抱えて笑い始めた。その場で転げ回る勢いだった。
「あー、ごめんな、あれ一人用なんだ」
そんな台詞を現実に、何よりこんな時に聞くことになるとは。
たしかに言われてみれば、人ふたりが入れるほどの大きさはないように見える。
しかしまあ、見事なまでに軽くあしらわれてしまった。
「それじゃ、そろそろ行くよ」
「もう行くの?」
「準備とかあるんだよ」
いつ戻ってくるのか、と問おうとしてやめた。
たぶん彼はもう戻ってこないのだろう。そう思うと一気に寂しくなった。
「じゃあ元気でな」
と、彼は去った。銀色の球体に乗って。
それからすぐに流星が軌道を変えて地球から離れていき、一週間も経つ頃には見えなくなった。
不可思議な挙動をしたことで世間が騒いでいたけれど、それもすぐに収まった。
私はというと寂しくなると夜空を見上げる癖がついて、年に何回か一際輝いている流星が見えるようになった。
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