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襖の向こうは長い廊下が続いていた。花園家も相当に立派な屋敷ではあったが、鬼司家はそれ以上だ。いつの間にか結の姿はなく、二人きりになっている。
「食事はあとで持ってくる。好きなだけ食べてくれ」
「ありがとうございます…」
「葉瑠から聞いた。何故小春はあの時子供に食べ物をあげてしまったんだ」
ひんやりと冷たい床は埃一つ落ちていない。
小春の足が止まる。あの時、とは子供におにぎりを上げたそのことを言っているのだろうとわかった。
小春は緊張の糸が解けたようにふっと笑った。宵と視線が絡む。
「それに理由は特にありません。強いて言えば私は家と呼べるものがかろうじてあるし、数日に一回ではありますが食べるものもありますから」
その笑みに魅入られたかのように宵の動きが停止する。それを見て小春は慌てた様子で何か変なことを言っただろうかと「ごめんなさい、」と謝る。
「謝る必要はない。俺は女が好きではない。今まで近寄ってくる女は全て自分のことしか考えていないのが透けて見えるんだ。だから当主になるのも本当は嫌だった。なれば結婚と子孫繫栄は避けられない。だが、小春…―あなたは違うようだ」
他の女性とは違う、そう言われると照れてしまう。何の取柄もない自分が唯一持っていた能力だ。ここに来てようやくそれが誇らしくなってきた。
「ちなみに、たまに怪我をして帰ってくることがあるんだ」
「え?!怪我ですか」
「そうだ。鬼司家の当主は先代からあやかしたちをまとめ上げるという役割がある。人間とあやかしではどうしても能力では違いが出てしまう。つまりあやかしは簡単に人間を襲い悪さをすることが出来る。それを止めるのが俺たちの役割だ」
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