三章

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** 歪む視界の中、何度も名前を呼ばれた気がした。 それは徐々に大きくなって小春の心を大きく揺さぶった。 「小春っ…!わかるか、俺だ」 「…宵、様」 薄っすらと目を開けるとそこには片腕が焼け爛れている宵がいた。 小春、と何度も名前を呼んでいる。何故、自分がここにいるのかわからない。 「大丈夫か、小春…俺のことわかるか」 「わかりま、す」 「記憶は確かか」 「もちろんです…それよりもどうして…」 小春は全身が鉛のように重いが必死に上半身を起こす。宵は片腕が酷く爛れている。どうしてここに自分がいるのか彼が怪我をしているのかわからない。でも、早く彼を治してあげなければと思った。 「宵様、私はどうしたらあなたを…―」 「俺は思った以上に小春に惚れているようだ。この腕を治したい、力を貸してほしい」 はい、と頷くとほぼ同じタイミングだった。 宵の顔が近づき、唇が塞がれた。目を閉じる暇もなかった。 唇が重なると全身に閃光が走り、宵の腕がみるみるうちに治っていく。 接吻をしたという恥ずかしさと自分の力で彼の力になることが出来たという達成感にも似た感情が押し寄せる。 「小春、ありがとう。一番手っ取り早いのは口付けだ」 「ええ…!そ、そうだったのですか」 「これからは頼む。俺の花嫁なのだから」 小春を立たせると愁次の気配を感じ取り、小春を背後に移動させた。 見たところ怪我はないようだ。しかし愁次は先ほどとは比べものにならないほどの力を発する宵を見るとじりじりと後ずさりをする。 止めを刺そうと体勢を整えたとき、愁次は勝てないとわかったのだろう。逃げていく。 始末しても良かったのだが、小春が隣にいるとそれを見せたくはなかった。 愁次は今後も小春を狙う可能性はある。だからこの選択は間違っていると思うのに。 しかし察したのか小春は言った。 「ご迷惑をおかけしました。助けてくれたのですよね、宵様は」 「あぁ。当たり前だ、俺はお前の夫になるのだから」 「嬉しいです。あの方は憎悪しか感じられませんでした。でも…それがいつかなくなればいいなと思います」 「そうだな」 宵は小春の膝裏に手をやり、簡単に持ち上げた。 「わ、」 「帰ろう、俺たちの家に」 「はい」 「愛している。誰よりもだ」 その言葉はいつか誰かに言われたいと思っていた言葉だった。 誰かに必要とされ、愛し愛されたいと思っていた。 小春の瞳から涙が溢れる。 「私も愛しております」 小春は宵の首に手を回しもう一度そう言った。
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