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10 託宣の時
「トーヤ」
それまで黙っていた村長がトーヤに視線を送った。
トーヤにはその視線の意味がなんとなく分かった。
トーヤが村長から聞いたあの秘密のことだろう。
「あのな」
ダルの家族5人に向けてトーヤが口を開く。
「こんなことになって本当にすまん!」
まずそう言って頭を下げた。
「こうなっちまったら、こいつの言う通りに色々話さねえといけねえよな」
そう言ってシャンタルに親指をくいっと向けて見せると、ダルの家族5人が思わず身を固くしたのは仕方がないことと言えるだろう。
「本当に色々なことがあってな、話していいこと、話せねえこと、話さなくちゃいけねえこと、どれからどう話せばいいか分からんが、とりあえずこのベルと兄貴のアランには三年前出会ってそれ以来一緒に動いてた」
そう言ってベルの両肩を後ろからつかみ、
「おい、あらためて挨拶だ」
そう言った。
「そうだな」
ベルは素直にトーヤに頷いた。
勘のいいベルのことだ、なんとなく分かったのかも知れない。
急いで立ち上がると、
「ベルです。三年前に兄貴のアランと一緒に二人に助けられました。よろしく」
そう言ってペコリと頭を下げた。
あえて「戦場で」というのは省いておいた。今は少しでも平穏に話を進めた方がいいだろう。
「そうかい、よろしくベル。ええと、ダルってのはうちの末の息子でね、トーヤのおかげで今は月虹兵ってのになって王都にいるんだよ。封鎖になって戻れなくなってるけど」
「えっと」
ベルは少し考えてトーヤの顔を伺う。
トーヤが軽く頷いたので話を続けた。
「あの、実はダル……さん、知ってます」
「え?」
「この国に来て、そんで、ダル、さんとも宮で会いました」
「え、そうなのかい。トーヤ?」
ナスタがベルからトーヤに視線を移した。
「ああ、そうなんだ。とにかくかいつまんでちょっと話するから、その時にそういうことも話す」
「分かったよ」
ベルのおかげでなんとなく話が薄まったようでトーヤは少しほっとした。
そうして全員が村長宅の家の中心、広間に集まって床に敷かれた敷物の上に丸く座り、トーヤの話を聞くことになった。
「まずは、俺がここ、カースの海岸に打ち上げられたとこから。それが全部の始まり、でいいのかな?」
「わしらにとってはもう少し前からだ」
村長がトーヤにこう答える。
「宮からマユリアが託宣のためにカースに来られるというところからになるか」
「ああ、そうか」
言われてみればそうだ。
「そんじゃ託宣があった時からか。こいつが西の海岸に助け手ってのが来るとか言ったのが始まりか」
と、トーヤがまたシャンタルを「こいつ」呼ばわりし、一同がやはりどうしても少し身を固くする。
「まあ、そのおかげで俺はなんとか命拾いしたってことだ。そんで気がついたらそりゃもう豪華な部屋の中に寝かされててよ、何がどうなってんだか分からなくて、まいったまいった」
トーヤがあえてふざけたようにそう話す。
「そりゃそうだろうなあ。目が覚めて宮の中だったら俺だってびびる」
「だろ? ダルも部屋見てそう言ってたなあ」
ダリオの言葉にトーヤがそう言ってけらけらと笑った。
「あいつ、口パカーンと開けて、あっち見てもこっち見てもどうしていいのか分かんねえって感じだった」
「そりゃそうなるよなあ」
まるでそのへんの店の話でもするようなダリオの相槌に、少しだけ話が和む。
「最初はそりゃもう警戒した。よくあるだろ、生贄にするやつをこれでもかってほどもてなしておいて、そんで化け物に差し出すってな話がよ」
「ああ、あるな」
今度はダルとダリオの父、サディが答える。
「ガキの頃におふくろにそういう話を聞かされて、脅されたなあ」
「あ、俺もばあちゃんに聞かされた」
息子や孫が悪たれた時などに、
「悪たれを生贄にする時にはね、ごちそうを食べさせておくんだよ。何しろ今生で最後の食事だ、この世に未練がないようにしておかないと化けて出られちゃ困るからね」
そう言っておいて、あえて肉の大きな部位などをよそってやる。
「さあ、お食べ、よく味わって食べるんだよ」
そう言われても、おいしく喉を通るものではない。
「残さず食べるんだよ」
残すと怒られる、そう思って必死に飲み下すが、味なんてしない。
「ってなことやられて、そんで悪いことできなくなってったんだよなあ」
「俺もだ」
「そうだったかね」
ディナが知らん顔でそう答えるのでみんなで笑う。
「まあな、そんな感じで、正直、初めてここに来た時にも、どこからか逃げるところはないか、使える人間はないか、そんなことばっかり考えてたな」
「そうだったのかい」
「全然そんな風には見えなかったけどなあ」
「楽しそうだったけどね」
「そりゃ大人しくしとかないと、怪物のごちそうにされちまうからな」
トーヤの言葉にみんながまたどっと笑った。
これから驚くような話をするところなのだが、そうして空気を柔らかくすることでずいぶんと楽に話せるような気がしてきた。
「そうなんだよな、始まりがこの村でよかったよ」
トーヤがぽつんとそう言うと、
「おかげであたしらはとんでもないことに巻き込まれてるんだろうけど、まあ、あんたが来てくれてよかったさ、バカ息子」
と、ナスタがとん、とトーヤの肩を一つ叩いた。
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