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7 故郷
「おふくろさん、元気そうでよかった」
「まあまあ本当にこのバカ息子は! どこでどうしてたんだい、八年だよ八年。もしかしたらどこぞでどうにかなってんじゃないかとどんだけ心配したことか!」
「いや、悪かった」
「本当に悪いったら。まあいい、ちょっと待ってな、今お茶をって、そちらは?」
「ああ、あっちからの俺の連れだ。さっきダリオの兄貴にも言ったんだがな、ちょい訳ありで、こいつらのこと内緒にしてほしいついでに、ややこしくなるから俺のこともちょっとの間、村のやつらには黙っててほしいんだ」
「内緒にしろってのならするけど、なんだい、ややこしい問題に巻き込まれてんじゃないだろうね?」
ディレンと同じようなことをナスタも言う。
「こっちの兄貴さんの方、魔法使いなんだってよ。そんで色々難しいらしいぜ」
ダリオがナスタにそう説明する。
「魔法使い?」
「ああ、そうなんだ」
トーヤが答える。
「その修行中でな。またおいおい話すよ。じいさんも元気だって?」
「そうなのかい。なんだか分かんないけど、とりあえずあんたらもそのへん座ってな、なんか食べるもん用意するから」
「悪いな、おふくろさん」
「お世話になります」
「どうも、お邪魔します」
シャンタルとベルもお礼を言ってトーヤと適当な場所に座った。
「なんか、いいとこだな」
「そうだろ?」
ベルの言葉にトーヤが得意そうにそう言い、シャンタルが笑う。
「トーヤか!」
「じいさん!」
思わずトーヤが立ち上がり駆け寄る。
カースの村長、ダルの祖父である。
「ちょっと老けたか?」
「ちょっとどころか、もう長くはないわい。お迎えが来る前におまえにもう一度会えてよかった、シャンタルのご加護じゃ」
「なーに言ってんだよ、まだまだ百年は大丈夫そうだ」
「人を化け物扱いしおって」
そう言う村長の目にうっすらと涙が浮かんでいる。
「ばあさんも元気そうで」
「ああ、おかげさまでね」
ダルの祖母、ディナが優しく笑ってそう言う。
「あんたも元気だったんだね」
「ああ」
ディナはトーヤに近づくと、ゆっくり手を伸ばしてトーヤの前髪に触れ、
「おかえり」
そう言った。
ベルはその様子を見ながらなんだか泣けてきた。
「おや、どうしたんだい」
ディナがそれに気づき、ベルに声をかける。
「うん、いや、なんだろな」
ベルが静かに流れていた涙を左手の掌でゴシゴシをこすり、
「なんでかな、なんか、急に泣けてきた」
そう言って目をこするが、押さえていない右の目からはポロポロと涙がこぼれ続けている。
ディナがトーヤから離れてベルに近づき、今度はやさしくベルの髪に触れる。
「泣きたいなら泣けばいいさ」
そう言われてベルが驚いたような顔になりながら、それでもまだ少しの間ポロポロと泣いていた。
「ばあちゃん、ありがとう……」
「いいや、いいよ」
しばらくの間ディナに髪を撫で付けられ、ベルが落ち着いてきてやっと、トーヤは声をかけられた。
「おまえ、なに泣いてんだよ」
「いや、だって、なんだろう、うーん……」
ベルが必死に考えて、あっと何かに気がついたように続けた。
「なんか、あれだ、おれ、なんかトーヤがいいなって」
「俺が?」
「うん、わかったよ、トーヤをうらやましいって思ったんだよ」
「なんでだよ、おまえ」
「トーヤは帰るところがあるんだなって、なんかそう思った」
「おまえ……」
「ここ、トーヤの帰るところなんだよ、すっごいそれわかったから、そしたら、なんでか急に泣けてきた」
トーヤには言葉がなかった。
ベルの生い立ちは知っている。
突然の戦に何もかもを奪われ、そしてその日その時をやっと這いずるようにして生き延びてきたのだ。
「おれさ、兄貴と二人でずっと行くとこなくて、そんであそこでトーヤと……」
もうちょっとでもう一人の名を出しそうになりながら、それでもやっとのことでこらえて続ける。
「トーヤに拾ってもらってさ、そんで、それから一緒にいるけど、トーヤもおれと兄貴と一緒で帰る場所のないやつだと思ってたんだよ。けどさ、あったんだよ。なんか、それがわかっちまって、そんで、そんで、いいな、うらやましいなって」
「おまえ……」
トーヤには言葉もない。
トーヤにもベルの気持ちがよく分かった。
トーヤもずっと自分には戻る場所はない、そう思って生きてきたからだ。
あちらのミーヤが生きている間はまだ、かろうじてミーヤのところに戻るという感覚があった。
生まれ育った娼館は、置いてもらっている場所ではあったが、戻る場所というにはあまりにも悲惨な場所であった。
母が亡くなり、追い出されそうになったところをなんとか置いてはもらえたが、ミーヤたちの商売の邪魔にならない程度に雨露をしのげるだけ、ほとんどの時間は港の浮浪児と一緒に過ごし、そのまま戦場稼ぎとしてあっちこっち放浪をし、ミーヤや他の娼婦たちのところへはふらっと戻るだけだった。
幼い時は戦場稼ぎとして、後に傭兵として戦場で一緒に戦っていた仲間たちもほとんどが似たような身の上だが、たまに待つ人がいて帰る場所があるやつがいると、どことなく心さびしく感じてはいた。
今のベルはその時の自分と同じさびしさを感じているのだ、それが分かった。
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