deux

5/25
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/40ページ
 耳をすまし、体の震えを抑える。上手く呼吸が出来ない。過去が脳裏に浮かび上がる。私の目の前で魔女狩りに連れて行かれた女性たちの悲痛な双眸。檻の中から私に救いを求め、伸ばされる腕。火炙りにされた女性の断末魔。かたり、体が言うことを聞かない。脚が動かない……。逃げる、という事には慣れていた。慣れていたはずだ。はずなのに何故? ……怖い。捕まるわけにはいかない。なのに捕まってしまえば楽になるのかもしれない。そんな事さえ思う。  この世に魔女がいるとしたら、それは私のことだろう。私は生きていてはいけない人造人間。ダ・ヴィンチが解剖したのち、その肉片で再度作り上げた得体の知れない物体だ。  男性の声が聞こえる。それはこの売春宿を切り盛りしている主人の声だった。そして──警察だ。という迫力のある声が轟いた。  鏡の無いこの場所に窓が備え付けられていたのは単に神さまがしてくれたことなんだろう。私はその窓に足を掛ける。 「動くな!!」  裸で窓枠に腕を通した私はその言葉で体の動きを止めた。恐る恐る背後を向くと、そこには凛々しい顔をした男性が眉根を下げながら立っていた。 「……君たちを助けに来たんだ。どうか逃げないでくれ」  警察である男性は一歩私の方に近付いてくる。今しがた私の膣には男性器が入っていて、私の尊厳を握り潰していた。それと同じ性器を持つ人間をこの場所で信じることなど出来ない。男性はいつだって女性を忌み嫌ってきた。でもそれと同じようにもう逃げるのが嫌になっていた。不老不死は孤独だ。隠れて生きていくのは辛い。醜いと言われるのは疲れた。もう終わりにしよう。  でも、最後にレオナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』が見たい。私を描いたあの絵が見たい。 「助けるって? あんたたち分かってんのかよ?!」  私が迷っていると叫び声がシャワー室に響き渡った。男性も私もその声の主を探す。瞳を研いだ裸の女性が声を上げる。 「てめぇらのおかげで仕事が無くなっちまったじゃねぇかよ?! 警察様は老後まで私たちの面倒を見てくれんのか? そうじゃねぇだろ?! 股開いて生きてきたんだよ! 仕事場奪うんじゃねぇよ」  煙草を咥えた娼婦たちが警察に詰め寄る。地獄絵図と化していく売春宿。いつの時代も奪われる側が叫んでいる。  暴徒化したこの場所で、私は呆気なく警察に捕まってしまった。心が折れたのだ。生きていく意味が私には無い。  いつか死ぬ。人間はそういう未来があることを知っているから、今を懸命に生きるのだろう。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!