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フランソアが買ってくれたシルクのパジャマ。まるで着ていないように感じる肌触りのよいそれが肌に馴染んできていた。そのパジャマのおかげか、肌が少し柔らかくなったような気がしていた。パジャマにそんな効果があるかどうかは私にはわからないが、でも確かに柔らかくなっているのだ。
パリを一望できる窓際から朝の空気を体内に入れる。ぴちち、鳥の囀りが聞こえてきた。可愛らしいそれに笑みを浮かべながら、ベッドメイキングを軽くしてベッドの下にある可愛らしいピンク色のスリッパに足を入れた。
フランソアは私の様子を伺いながら、私に沢山のことを教えてくれている。朝起きたらカーテンを開ける、ベッドを整える。スリッパは足を守るためのものだから必ず履くこと、など生活についてのことを丁寧に教えてくれた。それをゆっくり覚えていく。フランソアから生活を教えてもらうのは楽しかった。
「おはよう、メアリー」
寝室から出てフランソアの待つリビングに到着すると、再度フランソアはそう言葉をかけてくれる。爽やかな笑みを携えるフランソアはダイニングテーブルに広げた資料を片付けている最中だった。執筆が佳境らしい。私から見るフランソアは少しだけ寝不足に見える。
「おはよう…、」
「ん? どうしたの?」
「……ねぇ、フランソア」
「なんだい?」
私はフランソアになにからなにまでお世話になっている。そんな人間がフランソアの体の心配なんてしていいのだろうか。でも少しだけ草臥れてみえるフランソアに困惑してしまう。彼はいつも身なりに気を遣っている。美しく髪の毛を撫で付け、コロンの匂いを携えていた。私に遠慮しているのだろう。私、フランソアにそんな気を遣ってもらうような人間じゃないのに。
「わた、しがいて迷惑じゃない? その…ゆっくりできないでしょ?」
「……メアリーが私の場所じゃないところにいるほうがゆっくりできないよ」
「……、」
「え? そういうことじゃない?」
心底この会話の意味がわからない、と言いたげなフランソアは首を傾げる。
朝の光が差し込むリビングは穏やかで、フランソアが作ってくれたスープの美味しそうな香りが漂っていた。
私が言葉に詰まっているとフランソアが近寄ってくる。そのままふわり、腰に腕が回った。馨しい香りが私を抱きしめてくれる。
「メアリー、可愛らしい顔をしていておくれ。私はあなたが大好きなんだ。あなたが心配することはなにもない」
「……、」
「でも、そうだなぁ、少し迷っているんだ」
「……なにかしら?」
「部屋に新しい絵画が欲しくてね、昼にギャラリーに行こうと思っているんだ。選んでくれるかい?」
ふわり、美しく笑うフランソア。輝かしいその笑顔を見るたびに胸がキュッと縮む。そして泣きたくなるくらい嬉しくなるのだ。
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