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『 それぞれの部署を隔てている壁を無くし、他部署の社員ともコミュニケーションを取りやすくする事で仕事を円滑化させ、業務効率を上げよう 』  という、上層部の薄ら寒い意識変革に基づき、三つの部署を隔てていた薄い壁が取り払われたオフィスは見晴らしが良くなった分、周りの目が気になってストレスが一気に増えたし、冷房の効きも悪くなった気がする。 「あっつ……」  社食からトレーに乗せたお昼ご飯を持ってオフィスに戻ると、むわっと纏わりつく生温い空気を、タイトスカートから伸びるストッキング越しの脚にも感じた。  タイルカーペットに淀む湿気を切り進む様に中央の通路を抜けて、営業部エリアにある自分の席に着く。  他の事務員達もお昼に行ったらしく、オフィスは照明が落とされて閑散としていた。  月に1回のペースで回って来る電話当番の日は、こうして自分の席で昼食をとりながら、取引先からかかって来る電話を取る決まりがある。  他にもお茶当番や掃除当番など、女性社員にのみ課せられる前時代的な当番が、昭和元年に創業したサッシ金物や建築金物の専門商社であるこの会社には、今もしつこく残り続けていた。  古ぼけたデスクに置いたトレーの前で、静かに「いただきます」をして箸を取る。  今日の定食のメインは、鯵の南蛮漬け。  香ばしく揚げた鯵の切り身と、スライスした玉ねぎや細切りにした人参に、爽やかな酸味とまろやかな甘さがじんわり染み込んでいて、咀嚼する度に口元が緩んだ。  ゆっくり味わいたい所だけれど、納期や見積もりの催促の為に、休憩中でも取引先から電話がかかって来る事がままある。  その都度お茶で食事を流し込んで対応をし、慌ただしい昼食を終えた所で、斜め前のデスクに座る同僚が二人、戻って来た。  二人は近くのコンビニで買って来たお菓子を天板に並べ、 「お菓子じゃなくて、かき氷にすれば良かったぁ~」 「ガンガンに冷房が効いてる電算室で仕事がしたい…!」  等とぼやきつつ、ペン立てに挿した団扇を掴み取って、化粧が溶けかけた顔を扇いでいる。  総務部、営業部、商品部が一緒くたにされたこのフロアは、三階にある。元々熱気が籠りやすいとは言え、この暑さは異常だ。  部署間にあった壁を無くした時に、稼働させるエアコンの数も減らしたんじゃないかと、フロアにいる誰もが密かに上層部を疑い、愚痴を溢していた。
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