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「…そういや昨日さぁ。うちの子と同じ学年の子が水難事故に遭っちゃって、学校から急遽、説明会の呼び出しがあったの。同じ学年の親全員、それも忙しい夕飯時によ」  二人からお菓子をお裾分けして貰ったタイミングで、小学二年生の男の子をもつ同僚が、眉を顰めながら話し出した。 「なんかね、お母さんには友達の家で遊んで来る。って伝えて外出したそうなんだけど、実は子供達だけで、そこの川で遊んでたみたいでさぁ」  『そこの川』と言うのは、私たちが住む街を貫流する、一級水系の本流の事である。  一見すると穏やかな下流だが、古くは宇頭川(渦川)とも呼ばれ、激流でよく暴れた川なのだそうだ。  去年か一昨年にも、高校生の男の子が流されて水死した事故を知っていたので、またか。という苦い思いと、更に幼い子供が犠牲になってしまった事実に胸が痛んだ。 「絶対にお子さんだけで川で遊ばせないで下さい! って先生達に厳しく言われたんだけど、隠れて遊びに行かれたらどうしようも無いよね。この前の大雨で、橋の下の上流側の淵に、折れた大木が流れ着いてるでしょ? そこに魚が結構いるらしいのよ。それを近くまで見に行こうとして、溺れたんだって」 「あの辺り、急に深くなるからね…。川底は滑りやすいし。うちの子は上級生だけど、しっかり言い聞かせておかなきゃ」  もう一人がそう返すと、同僚はお菓子の包みを破りつつ、何の感慨も籠めずにさらりと呟いた。 「亡くなった子のお母さん、今頃自分を責めてるだろうね~? 子供の言うこと信じて、一人で送り出した事」  どう考えても余計な一言だし、非情とも思える言葉にぎょっとしたが、二人は平然と話を続けているし、話の腰を折るのもどうかと思い悩んだ私は、電話の方に意識を向けながら、その後も聞き役に徹した。    同僚である二人は、幼児も育てている兼業主婦だ。  自分の子供や家庭に直接害が無ければ、母親というのはこんな風に、他の子供の死も淡々と受け止められる生き物なのだろうか…。  と、同じ既婚者でも子供がいない私が沈潜していると、目の前にある電話が無機質なコール音を響かせ、私の意識は一瞬で現実世界に引き上げられた。
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