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 夫は、しん。と降りた沈黙を取り繕う様に小さな声で謝ると、再び箸を手に取った。 「…日曜日の話の、続きだけど。上流と中流はこの時期釣り人が押し寄せるから、まだそんなに釣り人がいない下流域を中心に釣る事になると思う。夕方前には解散する予定だけど、釣果(ちょうか)が良くなければ、もう少し早く帰るよ」    木の枝などの障害物があって、釣り人があまり狙わないポイント( 竿抜け )を、上手く探し出せたらいいんだけど…。と気まずそうに独り言ちる。  沢山鮎を釣り上げて、気分良く部長に帰って貰いたいんだろう。  顔を上げ、元の静かな流れに戻った川の底から、私は夫に呼び掛けた。 「そう言えば、そこの橋…。市役所に近い方の、橋の下。この前の大雨の時に流れ着いた、大きな木があるでしょ? そこに魚が沢山いるって聞いたから、少し…覗いてみたら?」  ……来て、くれるかな。   ……私がいる所まで、来てくれないかな。  偏光グラスを通して私の全身に付いた食み跡を見て、他ならないあなたから、「見付けた」って、言われたいの。  穏やかに微笑んでいる私に安堵したのか、夫はこくりと頷くと、残っていた茄子の天麩羅を摘み上げた。 「わかった。帰り、夕飯買って帰るよ。何が食べたいか、考えといて」 「ありがとう。何にしようかな……」  残照が長く留まり続ける暗赤色の夜を待ち侘びながら、私は目の前にある、白い渦を摘み上げた。   終わり
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