松川家のクリスマスチキン事件

～プロローグ～

｢クリスマスと言えば、ローストチキンでしょ！？｣
｢いいや、フライドチキンだろ！｣
｢もう簡単なミートローフでいいよ｣
｢｢ダメー！｣｣
　兄と姉のニ人同時にダメ出しをされ、思わずため息をつく。朝から体力を削られるのは、好きではない。今日は終業式で、その後に部活もあるから余計にだ。俺、松川(まつかわ)陸空(りく)はもう一度大きなため息をついた。

　事の発端は、一枚の置き手紙だった――――。

｢おはよう｣
｢……はよ｣
　朝、一番最初に起きるのは母親か俺だ。
　今日は台所に人の気配がなく、一番目に起きたようだった。そのすぐ後に、ニ個上の兄、松川(まつかわ)蒼空(そら)が起きてきた。
　ニ人は同時にリビングに来て、テーブルの上に置いてある一枚の紙を見る。
｢ん？　なんだコレ｣
｢お母さんの字だ｣

“海未(うみ)、蒼空(そら)、陸空(りく)へ
　お父さんとお母さんは、海外でクリスマスを過ごすことにしたから。三人で仲良くね。一週間ぐらいで戻る予定だから。
　留守番、宜しくね！ 父、母より”

｢えっ……｣
｢まただ……｣
　読み終わったニ人は、顔を見合わせる。
　その時、目を擦りながら、リビングに入ってきた者がいた。我が家の長女である姉の松川(まつかわ)海未(うみ)だ。
｢……お……はよぉ｣
　パーカーにゆるっとしたズボンを着て、眠そうにしている。
　そんな彼女に例の手紙を無言で渡す。
｢なに｣
　ぱちぱちと瞬きをして、手紙に目を通すと彼女は固まった。
｢まじか。またニ人で行ったの……｣
｢相変わらずの自由さ｣
　蒼空に手紙を返し、海未はソファにヨロヨロと座る。俺は台所に行き、黙々と朝ご飯を作り始める。
　両親が共働きのため、小さい頃から母親の手伝いをしていた俺が、気付けば松川三姉弟の料理担当になっていた。
　蒼空も椅子に腰掛け、海未に聞く。
｢どうする？｣
｢どうするも何も……。今年もいつものように三人でパーティーするでしょ｣
　当然のように彼女は答える。
　今日は、十二月二十四日。
　毎年、我が家ではクリスマスパーティーをしている。
　例え、親が海外に旅行していて家にいなくても、だ。
｢だよな。あ、じゃあ肉はフライドチキンな！｣
｢はぁ！？｣
　――――と最初の会話に戻る。
　肉料理をどうするか、毎年揉めていることだ。
　ケーキは毎年俺が作っているから、問題はない。問題大アリなのは、メインの肉料理だ。肉の好みが違うニ人はいつも喧嘩する。
｢作るの俺だから、ミートローフでいい？｣
　もう一度、主張してみる。ニ人の喧嘩はヒートアップしていて、収まりそうにない。
｢やだっ！　絶対ローストチキン！｣
｢去年、ローストチキンだっだんだから、今年はフライドチキンでいいだろ！｣
　頑固なニ人は決して、お互いに譲ろうとはしない。
　朝はゆっくり過ごしたい派だ。騒々しい今朝は、だんだんと腹が立ってきた。ニ人の喧嘩に朝から付き合いきれない。
　冷蔵庫から牛乳と果物入れからバナナを手に取り、ダイニングテーブルの上にバンッと叩きつけるように置く。
｢今年はもう作らないから｣
　そう言いおいて、リビングを出る。
　リビングは、しーんと静まり返った。
　俺は、階段を登って、制服に着替えそのまま鞄を手に取り、すぐに玄関へ向かう。
　バタンとドアをわざと大きく音を立てて、閉める。

　家の中は再び、静寂になった。
｢あれは……｣
｢……怒ったね｣
｢陸空が怒ったの、いつぶりだ？｣
｢覚えてない。けど、たぶん小学生とか｣
　リビングに残された上二人は顔を見合わせ、テーブルの上に置いてある牛乳パックとバナナを静かに見つめた――――。