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第1章 ローストチキン派～海未ver～
｢はぁ……｣
ついつい大きなため息が出てしまった。
｢どうしたの？｣
目の前に座っている親友の葵 結羽が心配そうに顔を覗き込んでくる。その隣では、結羽の幼馴染で珍しく大学に来ている二つ歳上の桜木 蓮が座っていた。彼と目が合い、思わず顔をそらしてしまう。
そっと小さい声で呟く。
｢実は今朝、陸空を怒らせちゃって……｣
｢ええっ！ 喧嘩？｣
｢うん、まぁ大した喧嘩じゃないんだけど｣
本当にくだらないことでの喧嘩なので、人に話すのも憚られる。だが、結羽は目で続きを促す。
自分も聞いてもらいたい気持ちがどこであったのか、口が勝手に動いた。
｢クリスマスパーティーの肉料理を何にするかで、蒼空と揉めてさ｣
｢うん｣
｢で、作るのは毎年陸空なんだけど、うちらの喧嘩がヒートアップしちゃって｣
｢あらら。それで陸空くんが怒っちゃったんだ？｣
結羽の綺麗に整った眉が八の字になる。
その表情もまた可愛い。
――――って、そんなことを思っている場合じゃなかった。
今、私たち三人は大学の食堂にいる。
冬休み前の最後の授業を受けて、ゆっくりとしているところだった。
｢ニ人は、クリスマス料理は何派？｣
｢うーん、うちは合同パーティーしてるからなぁ｣
｢基本、どっちも用意してあるよ｣
今まで黙って話を聞いていた蓮が初めて口を開いた。
彼の声は、一般男性より少し高めな声だが、私にとってはドタイプの声だ。聞き取りやすく、ハッキリとした喋り方だからかもしれない。
｢そうだね！ 色々と種類は豊富かも｣
｢僕はローストチキン派だけど、和真がフライドチキン派だからだよ｣
｢え、そうなの？｣
結羽が驚いた表情をする。
和真は、結羽のもう一人の幼馴染みだ。
本名、上野和真。蓮とは正反対の性格で負けん気が強く、うるさい。だけど、結羽への想いは蓮と互角だと思う。結羽がどっちと付き合うのか、それとも付き合わないのか、気になるところではある。
それにしても、結羽と蓮の会話はいつもほのぼのとしていて、癒される。しかも、まさかの蓮が自分と同じローストチキン派なのは、少し嬉しい。
｢そうだよ。いつも我が家がローストチキンを持参して、和真の家がフライドチキン持参してるんだよ｣
｢そっか、確かに。和くんのご両親が亡くなってからは、うちがフライドチキンを用意してるね｣
｢そう。結羽ちゃんは、お肉に関して特にこだわりはないからね。気付いてなくても仕方ないか｣
｢うん、美味しいものが食べられれば、幸せ｣
そう言って、結羽はふわりと笑う。その笑顔を眩しそうに目を細めながら、蓮は結羽の頭を撫でた。
どう見てもお似合いなカップルにしか見えない。
ニ人は、付き合ってはいない。
こういうやり取りを見ると、最近胸が痛くなる。自分でも、どうしてだか分からない。ただ、見ていたくないと思ってしまう。
彼らがニ人の世界に入る前に、私は彼らの視界に入るように大きく手を振る。
｢はいはい、そこのおニ人さん。イチャつかないでもらえます？｣
｢い、イチャついてないよ！？｣
顔を赤くして反応する結羽。本当に可愛い。
｢確かに、どっちのチキンも用意するって手があったかぁ｣
｢五人家族だし、海未ちゃんの家ならペロリと食べれそう｣
｢あー、いや。親は海外旅行に行っちゃったんだよね｣
｢ええっ｣
結羽と蓮は、顔を見合わせる。
私の親はいつも急だし、平気で子供を家に残してどっかに行ってしまう。そのことを伝えると必ず周りは同じ反応をする。だけど、その反応にももう慣れてしまった。
｢いつものことだから、それは全然いいんだけどさ｣
｢うーん、そっかぁ。そしたら、小さめのローストチキンにするとか？｣
｢作るのは、陸空だからなぁ｣
蒼空も陸空も細身だが、結構食べる。育ち盛りな男子たちなので、量が求められるのだ。でも我が家で料理担当は、陸空しかいない。毎年、文句も言わずに作ってくれている。だから、出来れば負担は減らしたい。
｢そもそもローストチキンぐらい、買えばいいんじゃない？｣
｢そうだよ！ 今、お店で色々な美味しいチキンが売ってるよ？｣
“目から鱗”というのは、こういうことを言うのかもしれない。
｢弟くんが作る前提で揉めるなら、自分達で好きなものを買い集めるのが一番いいよ｣
蓮が至極真っ当なことを言う。
確かに、当然のように陸空に作ってもらう前提でいた。それが当たり前だと、どこかで思っていたのかもしれない。
｢私、陸空に謝らなきゃ……｣
彼らの言葉で気付かされた。
私は、ニ人に頭を下げる。
｢ニ人ともありがとう。今日、スーパーで買って帰るわ｣
彼らは頷き、結羽が思わぬ提案をしてきた。
｢蓮くん。今日、車でスーパーまで海未ちゃんと一緒に買い物に行くのはどう？」
「えっ！？ちょ、結羽、何言って……」
私が慌てている傍らで、蓮は特に驚いた様子もなく、頷く。
｢そうだね。丁度、買い出しに行く日だったし｣
｢え？ え、買い出し？｣
｢私たち、明日、クリスマスパーティーする予定なんだっ｣
結羽が嬉しそうな顔で説明してくれた。
なるほど、と納得する。どうやら蓮が今回は買い出し係らしい。
そろそろ結羽のバイトの時間が近づいてきたので、蓮の車で一緒に彼女を送り、そのままニ人でスーパーに向かうことになった。
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