第1章 ローストチキン派~海未ver~

2/2
前へ
/8ページ
次へ
「何か桜木くんと買い物って、新鮮だね」 「そうだね。いつも結羽ちゃんがいるしね」  蓮は前を見て運転しながら、笑った。  ちらりと彼の横顔を見る。実は声だけでなく、顔もかなりタイプだ。突然、さっきの胸の痛みが何なのか、ちょっとわかった。  ――――たぶん私、彼に恋をしているのだ。 「スーパー、どこでもいい? 松川さん」  赤信号で車が止まり、蓮がこちらへ顔を向けた。慌てて、視線を前に戻す。 「う、うん。どこでもチキンは、売ってるだろうし」 「そうだね。そしたら、すぐ近くの所にするね」  そう言って、信号が変わると同時に静かに走り出す。そのあとも他愛のない話をしていたが、彼を意識しすぎて何を話したか覚えていない。  スーパーの駐車場に着くと、蓮に少し待つように言われる。言われた通りに大人しく待っていたら、助手席のドアが開いた。 「はい、どうぞ」  蓮が助手席のドアを開けて、車から降りられるように手を差し出す。その流れるような仕草に驚く。 「いつも、こうしてるの?」 「うん。お客さんとかを接待することもあるから癖で」  何と素晴らしい癖なのか。  おずおずと差し出された手を握る。そのまま優しく引っ張られ、すんなりと車から降りられた。  彼はドアを閉め、先に歩き出す。  すでに手は離されていて、もう少しだけ繋いでいたかったなと思ってしまう。 「ローストチキン以外にも何か買う?」 「え、あ、うん! サラダとか買おうかな」 「じゃあ、まずは野菜コーナーから行こうか」  そう言って、蓮は買い物カゴを持ち、野菜コーナーの方へ歩いていく。その後を追いながら、初めての二人の買い物にちょっとドキドキする。  だけど、あっという間にお互いの買い物が済み、車に戻る。私の買った荷物を当然のように持ってくれた。 「家まで送るよ」 「え、ごめん。ありがとう」 「何で謝るの?」  彼は少し可笑しそうに笑った。  駐車場に着くと荷物をトランクにいれ、再び助手席のドアを開けて乗せてくれる。どこまでも紳士な人だ。  車が発車し、ゆっくりと窓の外の風景が流れていく。 「仲直りできるといいね」  不意に蓮が呟く。  思わず、窓の外へ向けていた視線を彼に向ける。 「いつ、大事な人が目の前からいなくなるのか、分からないから」 「……それって、上野くんのこと?」 「そう。アイツ、今でもずっと後悔してる」  蓮が苦しそうな表情をする。  まるで、自分が経験したかのように――――。  他人の痛みも自分の痛みのように思える心優しい人。つい、守ってあげたくなる。  だんだん、外の景色が見慣れた住宅街になっていった。少し雪がちらついている。 「……桜木くん、好きだよ」  ふと呟いてから、すぐに我に返った。  今、自分は何と言っただろうか。  頭が真っ白になる。  だが、タイミング良いのか悪いのか、信号が赤になり、車が止まる。 「……」  車内が沈黙に包まれ、反応が怖いのと恥ずかしいのとで、彼の顔を見れない。  どれくらい時間が経っただろうか。  意外と一分も経っていないのかもしれない。  不意に隣で彼が口を開こうとする気配を感じた。 「――――松川さん、ありがとう。すごく気持ちは嬉しい」 「な、なんかごめん! いきなり過ぎだよね!! つい、口が……」  彼が前を向いたまま、やんわりと私の言葉を遮る。 「ううん。まずは、お互いのことをもっと知るところから始めてみない?」 「……え?」  まさかの返事に、思わず彼の顔をまじまじと見つめる。信号が青に変わり、彼は前を向いたままだ。横顔からは、あまり感情が読み取れない。  だが、彼の耳がほんのり赤い。  じわじわと言われたことの内容が頭に入ってくる。 「え、え……いいの?」 「うん。松川さんのこと、もっと知りたい」  今日は、やっぱりタイミングが良い。  いつもはそんなに信号に引っ掛かることはないのに、また赤信号になった。  そして、彼が真っ直ぐにこちらを見る。  何だか、素敵なホワイトクリスマスになりそうな予感がした。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加