松川家のクリスマスチキン事件

第2章 フライドチキン派～蒼空ver～

｢どうしたらいいっすかね？｣
　俺はカウンターの上に突っ伏する。
　そこに温かいココアのカップがそっと置かれた。ミルクの匂いに誘われるように顔を上げると、好きな人の笑顔があった。
｢はい、蒼空くん。考え事には甘いものが一番だよ｣
｢あ、ありがとう、結羽さん｣
　彼女は俺が絶賛片想い中の人で、姉の海未の親友だ。ほわほわとしていて、とても可愛い。
　今いるココは、彼女のアルバイト先のカフェ兼花屋だ。
　学校の終業式が終わり、そのままモデルの仕事を一件こなした帰りに立ち寄っている。
　今朝の喧嘩のことが頭にあり、何となく家に帰るのが気が引けて、寄り道している。夕方だからか、店の中にいるのは、俺とまったりお茶をしている老夫婦と――――。
｢しょうもないことで、喧嘩するんだな｣
　俺の横に座って、ちゃっかり彼女が作ったココアを飲みながら、会話に入ってくるこの人だけだ。
｢我が家にとっては、一大事です｣
　ぶっきらぼうに返事をする。
　恋の宿敵でもあるこの人は、上野(うえの) 和真(かずま)。彼女の幼馴染だ。
　何故かタイミング悪く、いつも遭遇する。まるで、自分と彼女をニ人きりにさせないようにするためのように思えてくる。
｢てか、カフェのバイトはどうしたんっすか？｣
｢ああ、もう上がり。結羽もそろそろ終わりの時間だから、迎えに来た｣
　彼はこの花屋に隣接する人気カフェ店でバイトしている。いつもバイト終わりに、彼女を迎えに来るのだ。
｢俺が結羽さんを送るのに｣
｢ダメだ。これは、俺らの役目｣
“俺ら”と敢えて強調される。
　実はもう1人、彼らには幼馴染がいる。
　なんだか、幼馴染の堅い絆に自分の入る余地はないと言われているようで腹が立つ。
　少し気持ちを落ち着かせるために、湯気がまだ立ち上るココアに口をつける。
　結羽が老夫婦に呼ばれ、接客している姿を何とはなしに見つめていたら、またもや隣から声をかけられた。
｢……喧嘩、早いところ仲直りしろよ｣
｢言われなくてもしますよ｣
　ちょっとむかっとして、強い口調になってしまう。だが、彼はその返事に安心したように俺の頭に手を置いた。
「ちゃんと言葉にした方がいいぞ。いつ、当たり前だったものが失われるか分からないからな」
　何故か、空気が重たくなる。
　どうしてこの人は、ただの姉弟喧嘩にここまで口を挟んでくるのだろう。不思議でならなかった。
　ちらりと和真を見やると、どこか寂しげな表情(かお)を浮かべていた。口に出しかけた言葉を飲み込む。
　タイミング良く、結羽がこちらのカウンターに戻ってきた。それと行き違うように和真が立ち上がった。
「悪い、トイレ行ってくる」
「え、う、うん。奥の右手側にあるよ」
　結羽は首を傾げながらもトイレのある場所を案内し、和真の姿が見えなくなると俺の方へと向き直る。
「和くんと何話してたの？」
「いや、俺の姉弟喧嘩のことで、言葉にちゃんとした方がいいぞって言われて」
「そっかぁ。当たり前にあったものがいつ失われるか分からない、とも言ってなかった？」
「あ、うん。言われた」
　俺の返事に結羽は「やっぱり」と呟く。
　その反応が気になって、質問しようとしたところですぐに和真が戻ってきてしまった。