第2章  口の悪い女 ②

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第2章  口の悪い女 ②

その後、薫子が朱音達の披露宴の様子を掻い摘んで話して聞かせた。 一般的な披露宴とは異なり、雛段に二人で座ることも無い、ガーデンパーティー形式だった。 食事もビュフェスタイルで、田島と朱音が皆のテーブルや招待客の間をまんべんなく挨拶、歓談をして回っていた。 勿論定番のお色直しなども無く、田島はシルバーグレーのタキシード、朱音はシルク地のタイトなマーメイドスタイルのロングスカートのドレス、という出で立ちだった。 「 朱音ちゃんは、派手に着飾るよりもシンプルでシックな方がかえって綺麗に映るわなぁ。そう思うやろ?」 優しい表情でそう言ったマスターに、薫子は苦笑いを浮かべた。 「 まるで、父親みたいね!まぁ、たしかに朱音は和風美人だから、今日のドレス選択は完璧だったとは思うけど 」 「 おいおいおい、父親みたいっていうのは聞き捨てならんなぁ!俺を何歳やと思ってるんや?そこまで歳食ってないで?」 「 そうなの?じゃぁ、幾つ?」 マスターの苦笑いに、薫子は素直に聞き返した。 「 こう見えて……まだ40やで?まぁ、滲み出る渋さは隠せんけどなぁ 」 「 まだ、40歳ね!厄年の男ともなると、そりゃぁ渋味も出るわよねぇ 」 その明らかに小馬鹿にしている薫子の言い様に、マスターは眉を上げる。 「 ほんまに、口の減らん娘やなぁ……」 「 悪かったわね、朱音とは正反対で!あたしはあんなに優等生じゃないから 」 「 朱音ちゃんが?いやいや、そうでもないで?俺の知ってるあの娘は結構生意気な口も利いたし、ここではそんなに優等生でもなかったしな 」 その言った彼の口調の端々に、なんともいえない優しさを感じ取った薫子は、首を傾げて意地の悪い笑みを浮かべた。 「 ふう~ん……なんだ、そういうこと!そりゃぁ、父親気分なんかではない筈ね。マスターも朱音に男として惚れてたんだ?違う?」 マスターはその質の悪い問いには答えずに、口元だけを歪めて笑った。 「 あんた、さっき売約済みとかなんとか言ったけど、ほんまにか?あんたみたいに毒の強い女、手なずけるのは骨が折れるやろうになぁ 」 薫子は突然何を言い出すのかとでも言いたげに、鼻先で笑う。 「 お生憎様!あたしは誰にも手なずけられたりしませんから 」 「 まぁ、それがほんまやろな。あんたの方が手なずけてる口やろ? 」 まるでそうだと決めつけられたかの様なマスターのセリフに、薫子はムキになった。 「 あたしは、男女間において上下関係は作らない主義なの!対等であることが何よりの条件だわ。別れる時にすがりついたりすがりつかれたり、なんて面倒臭いことはご免だもの!」 「 じゃぁ、なにか?あんたはいつでも別れることを前提に、男と付き合ってるんか?」 「 用意周到と言って欲しいわ。二度と顔も見たくないような醜い別れ方はしないってことよ。次にどこかでバッタリ会っても、笑っていられるような綺麗な別れ方にこだわっているの。間違ってないと思うけど?」 得意気にそう言った薫子に、マスターは小さく首を振るとボソッと言った。 「 なんや、要は、口先だけ強気の実は怖がり屋さんか…… 」 その呟くような短い一言は、薫子の怒りのラインをいとも簡単に踏み越えた。 「 あなたみたいな臆病者に、怖がり屋呼ばわりされるなんて、心外だわ!!」 突然、怒鳴る様に言い放った薫子に、マスターは驚き顔で慌てて口を開きかけたが、薫子はその隙を与えなかった。 「 本当は、惚れこんでたくせに理解者みたいなふりをして、朱音を奪うことも自分のものにする勇気も度胸も持てなかった人に、そんなこと言われる筋合いはないわよ!意気地なしのくせに!」 その一言は、それまでにこやかだったマスターの顔を、真顔にさせた。 浅く息を吐き出すと、彼は突然薫子の方に身を乗り出し、伸ばした両手で彼女の口元の頬を左右に引っ張ってつねった。 「 ええか!昔から口は災いの元って言うんやで?あんたの場合、口が過ぎる。思っていることならなんでも言っていいわけがないことくらい、26にもなればわかるやろ 」 恐ろしい位静かに、真っすぐ睨まれた薫子は、頬のあまりの痛さに彼の手を振り払った。 「 痛いっ!!痛いじゃないの!何するのよ!?」 「 大人でも、子供でも、無礼な奴にはお仕置きをするのが俺の流儀でな 」 真っ赤な顔でキッと睨みつける薫子に、マスターはニッコリと笑った。 「 あたしだって、そこまで馬鹿じゃないわよ!そんなこと朱音の前で言うわけがないでしょう!?何よ!ちょっと痛い所突かれたからって、つねるなんて信じられない!そもそも、最初にあたしを臆病者呼ばわりしたのは、あなたじゃないの!」 怒りに任せてわめき散らす薫子に、マスターはやれやれと肩をすくめた。 「 そういう意味で言ったんやなかったんやけど……まぁ、気に障ったんなら謝るわ、すまんかったな 」 だが、気性の激しい薫子が一旦怒りだしたら、そんな謝罪を受け入れられる筈も無かった。 勢いよく立ちあがってバックから五千円札を引っ掴むと、カウンターに叩きつける。 そして、残っていたグラスのウイスキーをマスターの顔目掛けてぶちまけた。 「 冗談じゃないわよ!!」 吐き捨てる様な捨て台詞を残し、薫子はコートを掴んで店を飛び出した。 真正面からウイスキーを浴びせられ、唖然とした表情で薫子の後姿を見送ったマスターは、彼女の気性の激しさに、思わず口笛を吹いた。 「 なんと、あんなに感情をむき出しに出来る娘が、まだおったんやなぁ!」 カウンターの後ろにあったタオルで顔を拭いながら、自嘲の笑を浮かべる。 「 勇気も度胸も持てない臆病者ね。まんざら外れでもないわな…… 」 もちろん、薫子が言ったことが、真実ではない。 朱音に関しては、確かに大切だと思う存在ではあったが、幸せになって欲しいと心の底から願っていた、という意味でだ。 自分が彼女を幸せにしよう、もしくは、してやりたいなどと思ったことは、ただの一度も無いし、その力も自分には無い。 尤も、朱音が初めてここへ来た時から、彼女の心の中には誰か特別な男性が棲みついていたことも理解してのことではあるが。 カウンターの上をダスターで拭きながら、薫子が肩をいからせて飛び出していったドアを、思わず見つめた。 「 いまどき、おもろい素材やったなぁ…… 」 「 なんなのよっ!!クソおやじ!!あったまにくる!」 薫子は収まりきらない怒りを暴言に代えて、街中を足早に歩いた。 マスターに引っ張ってつねられた両頬がまだ痛い。 口は災いの元?、口が過ぎる?、あたしは言い過ぎてなんかいない! ただ、的を得たことを言ったまでだ。 正直に思ったことを言って何が悪いの? あたしだって、T.P.Oくらいはわきまえているし、朱音を混乱させる気もないに決まっている。 ただ、無性に気に食わなかった。 年上ずらして、なんでもわかっているように涼しげな顔をして、人を“ 怖がり屋 ” 扱いした。 あたしのことなんて何一つ知りもしないのに、まるで見抜いたような言い方が、許せなかった。 薫子は、徐々に歩調を緩め、気を取り直してバッグから携帯を取り出す。 だが、密かに期待していたメールも着信も、入ってはいなかった。 「 そうだよねぇ……今日は日曜日だもんね。メールなんて出来っこないか…… 」 さっきまでの怒りが潮のように引いていくと、今度は侘びしさのようなものが押し寄せてきた。 こういう時が一番たまらない、と思う。 逢いたい時に逢えない、声が聞きたいからといって電話も儘ならない。 薫子が、現在進行形でしている恋とは、そういう道ならぬ恋だった。 そして……道ならぬ恋人を持つということは、不自由さとも上手く付き合わなければならないのだ。 はじめから承知の上、とはいっても、なかなか呑み込めない事も多い。 薫子は、こういう時の癖になってしまっている、頭を左右に振る仕草をして、駅に向かった。
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