1話 アイコンタクト

4/5
前へ
/70ページ
次へ
少女は必死で走っていた。 元来た道を、弟のいる方へ。 結界石がはっきり見えてくると、ほんの少しホッとした。 動揺からか、酷く息が苦しくて、近くの木に縋り付くようにして足を止める。 (い、今の……) いつの間にやらぐっしょりとかいていた汗が、頬を伝い落ちる。 (絶対……) どこからが冷や汗か分からないが、とにかく少女はまだ激しく動揺していた。 (目が合ってたよね!?) あたたかそうな栗色の瞳が、こちらをじっと見上げていた。 向こうからどの程度見えていたかは分からないが、少女からは、少年の表情がなんとか見えていた。 敵意のない、ただ真っ直ぐにこちらを知ろうとする瞳。 多分、ほとんどこちらの姿は見えていなかったのだと思うけれど……。 途端、母の顔が浮かぶ。 母は普段は温厚だったが、こういった言いつけを守らない事に関して、容赦してくれるような性格ではなかった。 (……お母さんにバレたら無茶苦茶怒られるんだろうなぁ。うわぁぁぁ……どどどどどうしよう……) 「あ、フリー! やっと見つけたよー」 声とともに、ガササと草を掻き分けて弟のリルが顔を出す。 「……何してるの……?」 リルは、頭を抱えてしゃがみこんでいる姉を見て、率直な疑問を口にした。 「なっ、なんでもないわよっ。それより花は集まったの?」 慌てて立ち上がった小女は、腰に手を当てて胸を張ると、姉らしさを精一杯発揮する。 「うん……。けど、二人で集めておいでって言われてたのに、ボク一人で百本採っちゃった……」 リルは、腕いっぱいに花を大事そうに抱えたまま、しょんぼりと俯いた。 「フリーも集めてたよね。ごめんね……」 フリーと呼ばれた少女は、あれ以降一本も花を採ってはいなかったが、ひとまず黙っておいた。 「あれ?」 リルが不思議そうに姉の姿を見る。 「フリー、カゴは?」 「え……?」 言われて、少女も自分が手ぶらなことにようやく気付いた。 「あああああ!!」 確か、あの人間と目が合うところまではカゴを持っていたはずだ。 しかしその後はしっかり腕を振って走ってきたように思う。 つまり、カゴが落ちてるとすれば、あの崖上の木のあたりだろう。 「どこかに落としてきちゃったの?」 「あ、うん……」 「一緒に探せば、きっとすぐ見つかるよ」 リルがにこっと笑う。元気づけようとしてくれているのだろう。 「うん、ありが……と……う…………」 そこまで答えて、フリーは一緒にカゴを見つけるわけにいかない事実に気付く。 カゴを落として来た場所は、明らかに母から立ち入りを禁止されている範囲だ。 「どうかした?」 笑顔を張り付かせたままの姉に、弟は不思議そうに首を傾げた。 「……な、なかなか見つからないと困るから、先に花を置いてこよっかー」 なるべく自然に、フリーが答える。 「うん」 と弟が同意したことに安心しつつ、この隙にカゴを取りに行こうとフリーが考えていると 「またはぐれちゃうといけないから、フリーも一緒に戻ろうね」 とリルが言った。 「え゛っ! い、いや私は……リルが戻ってる間にカゴ探しとく方が、ほら、効率が……ね?」 「えー……」 姉の言葉に、弟は小さく息を詰めると、じわりと薄茶色の瞳を滲ませる。 「……一緒に、帰ろうよぅ……」 淋しげに、うるうると上目遣いに見上げる瞳には、姉が見つからない間、どんなに不安で心細かったかがありありと映っていた。 (うううううう) フリーは一瞬葛藤するも、非の無い弟の淋しげな瞳に、半ばやけくそに叫んだ。 「ええーいっ! わかったわよ!!」 リルがほにゃりと表情を緩めて、わーい。と嬉しそうにするのを横目に、フリーは決意を固めていた。 (もう、こうなったら、今日はリルに付き合って、明日一人で取りに行くしか!!)
/70ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加