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少女は必死で走っていた。
元来た道を、弟のいる方へ。
結界石がはっきり見えてくると、ほんの少しホッとした。
動揺からか、酷く息が苦しくて、近くの木に縋り付くようにして足を止める。
(い、今の……)
いつの間にやらぐっしょりとかいていた汗が、頬を伝い落ちる。
(絶対……)
どこからが冷や汗か分からないが、とにかく少女はまだ激しく動揺していた。
(目が合ってたよね!?)
あたたかそうな栗色の瞳が、こちらをじっと見上げていた。
向こうからどの程度見えていたかは分からないが、少女からは、少年の表情がなんとか見えていた。
敵意のない、ただ真っ直ぐにこちらを知ろうとする瞳。
多分、ほとんどこちらの姿は見えていなかったのだと思うけれど……。
途端、母の顔が浮かぶ。
母は普段は温厚だったが、こういった言いつけを守らない事に関して、容赦してくれるような性格ではなかった。
(……お母さんにバレたら無茶苦茶怒られるんだろうなぁ。うわぁぁぁ……どどどどどうしよう……)
「あ、フリー! やっと見つけたよー」
声とともに、ガササと草を掻き分けて弟のリルが顔を出す。
「……何してるの……?」
リルは、頭を抱えてしゃがみこんでいる姉を見て、率直な疑問を口にした。
「なっ、なんでもないわよっ。それより花は集まったの?」
慌てて立ち上がった小女は、腰に手を当てて胸を張ると、姉らしさを精一杯発揮する。
「うん……。けど、二人で集めておいでって言われてたのに、ボク一人で百本採っちゃった……」
リルは、腕いっぱいに花を大事そうに抱えたまま、しょんぼりと俯いた。
「フリーも集めてたよね。ごめんね……」
フリーと呼ばれた少女は、あれ以降一本も花を採ってはいなかったが、ひとまず黙っておいた。
「あれ?」
リルが不思議そうに姉の姿を見る。
「フリー、カゴは?」
「え……?」
言われて、少女も自分が手ぶらなことにようやく気付いた。
「あああああ!!」
確か、あの人間と目が合うところまではカゴを持っていたはずだ。
しかしその後はしっかり腕を振って走ってきたように思う。
つまり、カゴが落ちてるとすれば、あの崖上の木のあたりだろう。
「どこかに落としてきちゃったの?」
「あ、うん……」
「一緒に探せば、きっとすぐ見つかるよ」
リルがにこっと笑う。元気づけようとしてくれているのだろう。
「うん、ありが……と……う…………」
そこまで答えて、フリーは一緒にカゴを見つけるわけにいかない事実に気付く。
カゴを落として来た場所は、明らかに母から立ち入りを禁止されている範囲だ。
「どうかした?」
笑顔を張り付かせたままの姉に、弟は不思議そうに首を傾げた。
「……な、なかなか見つからないと困るから、先に花を置いてこよっかー」
なるべく自然に、フリーが答える。
「うん」
と弟が同意したことに安心しつつ、この隙にカゴを取りに行こうとフリーが考えていると
「またはぐれちゃうといけないから、フリーも一緒に戻ろうね」
とリルが言った。
「え゛っ! い、いや私は……リルが戻ってる間にカゴ探しとく方が、ほら、効率が……ね?」
「えー……」
姉の言葉に、弟は小さく息を詰めると、じわりと薄茶色の瞳を滲ませる。
「……一緒に、帰ろうよぅ……」
淋しげに、うるうると上目遣いに見上げる瞳には、姉が見つからない間、どんなに不安で心細かったかがありありと映っていた。
(うううううう)
フリーは一瞬葛藤するも、非の無い弟の淋しげな瞳に、半ばやけくそに叫んだ。
「ええーいっ! わかったわよ!!」
リルがほにゃりと表情を緩めて、わーい。と嬉しそうにするのを横目に、フリーは決意を固めていた。
(もう、こうなったら、今日はリルに付き合って、明日一人で取りに行くしか!!)
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