CAFUNE

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ブロックを解除したらどんだけメッセージ来るんだろうと正直身構えていたが、取り越し苦労だったかな。 そんなに、というか一通しか来なかった。 『解除さんきゅ』 これだけ。それに対して俺は何も反応していないし、彼も何も気にしていないのかそれ以降メッセージが来ることもない。 あの電話の圧は何だったんだ…。ただ本当に、ブロックされてるってことが嫌だったってだけなんかな。よく分からん。 俺とやり取りがしたくてしょうがない!なんて訳がないし、実際これ以外の連絡も無し。 大体一週間くらい経ったが、あれから外でばったりなんてことも特になかった。 もしや彼は実在しない人物…?俺の妄想…?だなんて思うがメッセージは実際に残ってるし、通話履歴もある。こちらから連絡することもできるけど別に何も言うことはないし会いたいなんてこともなく。 このまま思い出になってくのかな…儚い恋だった…とたそがれることしか俺にはできなかった。全然恋してねーけど。マジであと三日もすれば顔も忘れそうだけど。何ならもうほぼ忘れかかってるけどね。 それから数日経っても、奴からの連絡は無し。 本当に何だったんだと思うことも最早なくなって、また当たり前みたいに駅前のコーヒー店に通うようになって、新作もそろそろ新作じゃなくなってきたりして。 期間限定と言わずレギュラー入りしてくんないかなぁと強く思うし、本当に店長さん辺りにお願いしてみようかだなんて優柔不断な俺にしては割と強気なことを考えていた。 それが関係あるのかは知らないが、その日は天気予報が外れたらしい。一日晴天って言ってたのに、雨だ。それもすごい雨。 多分夕立だろう。そこで誰かさんをふと思い出した。ちょうど、行きつけのコーヒー店に並んでいるところだった。 また、もう「テイクアウトで」と言ってしまった後だった。傘は確か折り畳みの小さいのがあるし、家もそんなに遠くないからまぁいいけど。 ちょっと濡れるかもしれないが、まぁしょうがない。夕立ですぐに止むだろうとはいえ、店の前で待ってても邪魔になるだろうし。 そうして店を出て空を確認し、カバンから傘を取り出し、右下を確認し、もう一度空模様を見て、またまた右下を見た。 なんか、人が蹲ってるんですが。 しかも見たことのある髪色だ。まさか、いやまさかな…。 どちらにせよ具合が悪いのかもしれないその人を無視することも出来ずに、とりあえず声を掛けてみようと身を屈めたところで、俺の気配に気づいたのかその人はパッと顔を上げた。いややっぱり、他でもない。 お前かよ。 「………なんで、いんの?」 「いやそれはこっちの台詞…。てか大丈夫?」 顔を上げた彼の髪はびしょ濡れで、顔にも服にも遠慮なくぽたぽたと雫を垂らしていた。 きらりと、波みたいな髪の上で雨だった雫が光る。水も滴る…何だっけ。そんな言葉がふと過る。でもそれどころじゃないよな。顔色がお世辞にも良いとは言えないんだから。 夏とはいえこの雨に濡れて冷えてしまったのか。それとも元々どこか具合が良くなかったところに、この雨が降ってきてしまったのか。 分からないが、とりあえず俺に出来ることはせねば。 「立てるか?どっか痛い?」 「いたくは、ない。ちょっと寒い」 「えっ、熱あんのかな。家は?近いの?」 「おれ、生活圏…この辺じゃない」 「そうだった気がするなぁー」 よろよろと俺の肩を借りながら立ち上がった彼はいつものようなふざけた雰囲気もなく、笑ってもいないのに本当に幼い子供みたいだった。それも迷子の、どこへ行けばいいのか分からない、そんな不安を携えたようなガラス玉が濡れて見える。 「タクシー呼ぼうか。いや、先に病院かな」 「………つれ、て」 「ん?なんだ?」 「きみんち、連れてって…」 「えっ、俺ん家!?」 「ねむ…」 「あー待って待ってここで寝ないで、重っ!」 駅前なのでタクシーには困らなくて良かった…。まさか自分の家から数分のところでタクシー使うなんて。ワンメーターだよ。座席濡らしちゃってゴメンなさい運転手さん。 そうしてずるずると長い足を半ば引き摺って廊下を歩き、何とか俺の部屋まで彼を連れて来ることができた。担いだ背中から伝わる体温は、濡れているのに熱い。多分ちょっと熱がある。 まず着替えさせないとかな。後で病院にも連れていかなくちゃ。ゼリーとかあったかな。 色々と考えながら部屋の鍵を開け、濡れたままの彼をまたまた引き摺りながら中に入り、パタンと閉まるドアの音を聞きながら靴を脱がせた。 いつの間に寝たのか、彼はすうすうと規則的な寝息を立てていて俺はほんのちょっと安心した。 何だか久々に見た、その顔にも。
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