CAFUNE

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CAFUNE

ガラス玉の向こうに海があった。 夏にだけ売られるおかしな形をした瓶の中に、きらきら転がるまぁるいあのガラス玉。 それを、その時思い出したんだ。 「きみに一目惚れしました。付き合ってください」 「ゴメンナサイ」 とある鬱陶しいくらいの晴天の日。 立っているだけでも暑苦しい夏の某日に、俺はとても、かなり、すごくおかしな青年に突然告白された。 告白自体されたことなんてなかったから、正直に言ってびっくりした。 そうしてあまりにも真っ直ぐに俺を見下ろしてくる瞳を見て、口をついて出たのは「ゴメンナサイ」の一言。 謝罪というか、つまりはまぁ「あなたとは付き合えませんよ」という意味。なのに青年はパチクリと長い睫毛を一度揺らすとまた言った。 「一目惚れしました。付き合ってください」 「いや、何事も無かったかのように言い直しても無理だから」 「………マジで」 「マジで」 それは人がまばらに行き交う駅前の有名なコーヒーショップから出てきた矢先のこと。 楽しみにしていた新作コーヒーを片手にややご機嫌麗しく、鼻唄でも歌い出しそうなところで突然呼び止められ、振り返るとサングラスをかけた長身の男性がいた。 最初は道にでも迷ったのかと思ったんだ。背が高くてモデルみたいな体型してるし、サングラスなんて掛けてるから海外のモデルさんとかかなって。ただのお洒落かも知らんけど。事実見た目もお洒落だけど。 そうして通行の邪魔にならない日影まで連行されて、彼がサングラスを外し、冒頭の台詞へ。 告白という一大ハプニングに気を取られていたが、彼は綺麗だった。まるで精巧なアンドロイドみたいに。顔のパーツもバランスも、それぞれが相俟って一番綺麗に見える位置になるよう神様がかなり集中して作ったみたいな、とにかく俺の人生で会った中ではダントツで綺麗な顔をしていた。 「一目惚れしました」だなんて台詞はこのひとの方が言われる側じゃないのかと思うが、それについては好みなんかも人それぞれなので深くは言及しないでおこうと思う。 蝉ですらもこの美貌に気を遣っていたのか、コイツが話し終わった途端に見計らったようにシュワシュワとまた鳴き始めた。 しかし目の前の彼にはどうやら諦めるという選択肢がないようで、まだ俺に質問を投げかけてくる。 「あ、まさか恋人いる?」 「いませんが」 「そっかぁ」 「そうっすねぇ」 断られるなんて、微塵も想像していなかったんだろうなぁ。 ううむと顎に手を当てて自分が振られた理由をああでもないこうでもないと考えている姿も様になるが、どれも間違ってるよ、とは言わなかった。 とにかくまぁ、遊びなら余所でやってください。ということで、俺は「では」とその場をさっさと去ろうとする。 新作のコーヒーがぬるくなる前に。人目がこれ以上俺みたいな平々凡々にまで集まってきてしまう前に。 なのに中々足が進まないな、と思ったらやっぱり袖をきゅっと掴まれていた。半袖だっていうのに、器用に掴んでくるなぁ。指が長いからかな。 まるで海みたいな深いコバルトブルーに塗られたその指先はやけに彼に似合っていて、またまたお洒落だなぁと思った。 彼の顔ではなくその爪をぼうっと眺めながら、もう我慢できなくなったのでコーヒーを口に含んだ。うん。甘すぎなくて美味い。でもちょっと、腕が動かしづらいのでいい加減に離して欲しい。 一口飲んで顔を上げようと思ってたけど存外美味かったから、もう一回、と二口目を飲んでから顔を上げた。 すると俺の袖を掴んだままの美青年は怒るでも焦るでもなく、そんな俺をぼうっと観察しているようで。 「もう一口飲んでいいよ」と言われたので、俺は遠慮なく彼の前でコーヒーを堪能した。 「きみ、変わってるって言われない?」 「さぁ?多分今初めて言われたかも」 「初めてもらっちゃったなぁ」 「………帰っていいすか」 「ちなみにおれ、きみに一目惚れしたんだけど、付き合って、」 「無理ですね」 「………」 「………」 沈黙が続いたから、俺はただ黙ってコーヒーを飲んでいた。もうすぐで飲み終わりそう。 この青年が何をしたいのかも分かんないし、日影とはいえ暑いし、人目も集まってきたので本当に振り払ってでも帰ろうかなと思ったその時。 俺の心を読んだかのように青年は言った。 「明日もココ来る?」 「うーん、あなたがいるんなら、来ないかも」 新作すごい気に入ったけど。チェーン店だからここ以外にも店舗はあるとはいえ、最寄はこの店だけど。 また暫く黙り込んだ彼は、俺を下から上まで観察するように眺めて、やっと手を離した。 「…分かった。でももし、もう一度会えたら、運命ってことにして」 「嫌ですけど」 「そっかぁ」 「そうっすねぇ」 日影にちょっとずつ陽が射してきた。それに照らされる彼の髪は何というか、白に近いグレーみたいな色で、うちのじいちゃんの白髪を思い出したけどそれよりずっと綺麗だった。何か比べてゴメン。 パッと俺の服から手を離した彼が「またね、もし会えたら」と映画みたいな台詞を残して去って行く。 ショートカットなのかと思っていたけれど、彼が背を向けるとさらりと一つに結わえられた長髪が見えた。一瞬だけ某名探偵アニメの黒ずくめさんを思い出したけど、別に似てはなかった。 長い脚でどんどん遠のいていく背中を、空になったカップと何となく見比べる。マジで夕立みたいに唐突なひとだったな。 もしもう一度会えたら、とか。運命だとか。 思ってもねぇくせに。
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