CAFUNE

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それから三日くらい経った頃。 俺はまたあの夕立みたいな彼と出逢った店の前に来ていた。 運命とか信じてた訳じゃない。彼ともう一度会いたかったとかでもない。ただ、あのコーヒーがもう一度飲みたくて。駅前以外の店舗に行こうとか思いつかなくて。本当にそれだけ。 言い訳じゃないよ。正直言うと、あの時の出来事は寝て起きたら半分以上は忘れてたし、何ならこれまでずっと忘れていた。 レジで並んでいる時に、店の外で揺れるあの銀髪を見るまでは。 もう「テイクアウトで」と言ってしまった。この混雑する店内で時間潰しのために今更席を探せないし、店員さんにも申し訳ない。 まさか俺を待ってた訳じゃないよなぁと思いつつ店から出るも、何も無かった。 長髪の彼は確かに俺の横を通っていったが、それだけ。顔を見ることも見られることも、まして袖をまた掴まれるなんてこともなかった。 そして告白されることも。 まぁ俺は大衆に紛れるの得意だし。何なら大衆の構成員だし。モブもいいところだし、仮に漫画に登場できたとしても主人公の友人ですらない廊下とかにいる賑やかし要員くらいだろうし。重要ではあるけど、まぁそんな感じだろう。 そんな俺の顔を一度見ただけで覚えていられるはずがない。俺は無理だ。そういうのはよほど記憶力が良いか、俺に強い興味でもなければ。 彼ほど特徴だらけなら、話は別だろうけれども。 そうして前みたいにコーヒー片手に店を出て、彼とすれ違って、誰も彼もが彼の姿を視線で追っていく中で俺はその流れに逆らうみたいにして歩いた。ほうらな、やっぱり。 言うだけなら誰にでもできるよ。そんなことを思いながら、コーヒーに口をつけた、その時だった。 「見ーっけた」 「んっ、うわぁ」 「その反応…ビンゴ。やっぱ運命だなぁ」 「いやいや思いっきり素通りしてたじゃん…」 袖をクンと引っ張られて、思わず噴き出しかけたコーヒーを何とか飲み込んだ。振り返るまでもなく顔を覗かれると青年はにこりと微笑う。 この顔で「運命だよ」とか言ってたら惚れるのが当たり前だと思ってんのかなぁ。 やっぱり、ビー玉だ。 「嬉しそうじゃないね」 「正解ですよ、離してくんない」 「いやでも、折角もっかい会えたし?」 「そりゃあ生活圏が被ってれば一回や二回くらいすれ違うでしょうよ」 「へぇ、この辺に住んでんの?どこらへん?」 「あくまで推論です。興味を持つな」 「えぇ。ちなみにおれはこの辺じゃないよ」 「じゃあお仕事とかっすか」 「ううん、それもある、けど。何となく、今日は足が向いたというか」 「というと?」 「何となく、なんとなぁく今日ここに来たくなったというか。だからほら、運命では?」 「やたら運命押し売りしてくるな…。買いませんよ」 「買わないの?安くしとくよ?」 「安い運命とか尚更やだよ」 「じゃあ飛びっきりお高くしますよ?」 「手持ちがないので」 「このキャッシュレスの時代に?」 「うるっさいなぁもう!ああ言えばこう言う!」 そう言うと彼はきょとんとして、目を軽く見開いた。彼の驚いた顔はまるで初めて聞く言語で話されたみたいな、宇宙人の宇宙語でも聞いたみたいな、幼げな雰囲気を纏っていた。 今日はサングラスもしていないから尚更顔がよく見える。気がする。そんなに興味はないけど。 「………」 「なに、なんか言ってよ」 「…ふふ」 「は?」 「あっははは!」 「うわっ、なに!」 今度は不審に思った俺が顔を覗き込む。すると彼は突然笑い出した。それも思い切り。そして俺は怒っていたのも忘れて、引いた。割と結構かなり、引いた。 黙って無表情でいると中世的でクールな美人なのに、こうして口を開けて笑うと本当に幼く見える。というか何がそんなにツボに入ったのか、マジで分からない。 周りで見ているギャラリーもポカンとしているが、それでも一部はまだ彼に見惚れて頬を染めている人もいた。 まぁ、好みは人それぞれだしな…。 「あー、笑った…ふふっ」 「なにがそんなに…」 「分かんない」 「はあ?」 「ねぇ、とりあえず友達になろう」 「嫌ですが?」 「なんで?友達なら、枠は一つじゃないだろう?」 「いくつあっても選ぶ権利は俺にあるので」 「おれは選ばれないと…?」 「逆にどうして選ばれると…?」 「はぁ…。きみは、マジで変わってんね」 「アンタにだけは言われたくないわぁ」 しみじみとそう告げると、彼はツンと拗ねたように口を尖らせた。なんだ、なんなんだ。初日とは別人みたいにくるくる表情を変えるコイツは、俺より年上かなと勝手に思っていたけれど実は中学生くらいなのだろうか。 だとしたらめちゃめちゃ背が高いなぁ。クラスでも目立ちそう。いや、街中でも十分に目立ってるけども。 「そだ、スマホ貸して」 「なぜ?」 「おれ今日忘れちゃって。ちょっと電話したいとこがあって」 困ってるのかな。まぁそういうことなら、と俺は素直にポケットからスマホを差し出した。 すると彼は自分のポケットからスマホのようなものを取り出し、呆気に取られる俺の目の前で勝手に何かを操作し、何事も無かったかのように「ほい」と俺にスマホを返してきた。 これは一体どういうことだ? 「え、忘れたってのは?」 「あったわ、ゴメンゴメン」 「電話したいとこってのは?」 「コレコレ」 そう言って彼が忘れたと嘯いたスマホの画面を見せてくる。そこに映るのは俺の電話番号。そして俺のスマホのメッセージアプリにも、当たり前のように知らない名前が追加されている。 「てっめぇ…!」 「ブロックしてもいいけど、GPS機能ついてるからね」 「マジで?」 「冗談」 「どっち…」 何が嘘で何が本当なのか。ひょうきんな表情を見せる美貌を引っ叩きたい衝動に駆られながら、俺は視線をまた自分のスマホに落とした。まじまじと、表示されている名前を凝視する。 彼も彼で、自分のスマホを見ながらふっと口角を上げた。今までの人を小バカにしたような笑みとは違う、まるで嬉しいものでも見つけたような顔に見えた。 その笑顔は少し…いや何でもない。 「………」 「なに、何か言えよ。というか連絡先消してい?」 「NO」 「むむ…」 「風…」 「あん?」 「…風がないと、舟は進まないんだよなぁ」 スマホを眺めたまま彼が呟く。突然何の話だと思ったけれどそれは独り言みたいで、別に俺に向けて言った訳ではないらしかった。 でも俺は目の前にいて、それを聞いてしまったから、つい答えを返してしまう。 「別に、エンジンとかで進むんじゃん?よく分からんけど」 「エンジンかぁ。なかったら、自力じゃ難しいんだよ」 「アンタはヨットかなんかなの?」 「さぁ?何に見える?」 「変なひと」 そう素直に告げると彼は器用にも片眉だけ上げて見せた。海外映画に出ていても何の違和感もないだろうその仕草と容貌は、この街ではちょっと目立って見える。 ちょっとだけ俺に向けていた視線をもう一度自身のスマホに落とすとまた、彼の口からポツリと零れた。 「いい名前だね」 「どうも。アンタのは…何て読むの」 「なぁくんて呼んでね、みーくん」 「やだよ。みーくん言うな」 いい名前、か。 それは多分、本音だったんじゃないかなと思いつつ俺は静かにブロックボタンを押した。
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