ゆるしてほしい

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 その日もいつもと同じで、何も起きないまま夜を迎えた。  あまりに何も起きないと、イライラとだるさがごちゃ混ぜになって押し寄せてきて、叫び出したいような、でも横になってしまいたいような、どうしようもない気分になる。  そんなときは、狭苦しい部屋から外に出ることにしていた。部屋にいるよりはいくぶんマシだ。コートを羽織り外に出る。冷たい空気が頬を刺し、目が覚める。街をぶらつき、明りに引き寄せられるようにコンビニに入る。  とりあえず雑誌コーナーに向かう。もう読んだ本ばかりだ。  その前で男の子とその母親らしき二人が、歯ブラシを手に座り込んでいた。  僕は気分だけでも変えようと、普段は手に取らない雑誌の表紙を眺めていた。居もしない彼女といつか行くかもしれない日帰り温泉について妄想を膨らまし、念のため少し調べておこうか、なんて思い始めたとき、親子の異変に気づいた。  母親のほうが歯ブラシを手に取ったまま固まっているのだ、そして小さく震えている。  この人、この寒いのに上着を着ていない。いや、それだけじゃない。  裸足なのだ。しかも、抱えている子供もパジャマ姿で靴下もはいていない。  どうしよう、声をかけるべきか?  僕は迷っていた。何か、力になれるのかもしれない。そんな思いの奥に、痺れるような小さな興奮、非日常への飢え。刺激に満ちた毎日へ。間違いなくそこが分岐点だった。  そしてそれは、少しの刺激程度では終わらなかった。
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