カニ食うひと

4/4
前へ
/4ページ
次へ
 夫は嬉しそうにメロンソーダを飲んだ。 「メロンソーダ、好きなの?」 「いや、あったから。なんで?」 「映画館に行った時によく飲んでたなって」 「そうだったかな」  カニとメロンソーダの鮮やかな色彩に頭がくらくらした。 「あ、思い出した」 「何を?」 「何の映画を観に行ったのかは覚えてないんだけど、映画の前に流れる予告編で巨大なカニが出てきてさ。それを観て、君なんて言ったか覚えてる?」  その巨大なカニの映画なら覚えている。彼が何て言ったのかも。 「「あのカニ、食べられるのかな」」  二人はぷっと吹き出す。 「ああ、このひと良いなぁ。一緒にカニ食べに行きたいなあって思ったんだよね」  夫は少し照れ臭そうに言って、財布から映画の半券を取り出した。 「私が好きな監督の映画だったんだよね」 「映画のことは分からなかったけど」  カニ身のついた手で私の手を握る。 「カニと君がピンチなときは、きっと君を助けるよ」 「う、うん」  そんな日は一生来なくて良い。夫は返事を待たずに嬉々としてスパゲティーを受け取った。 了
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加