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何をするでもなく、ぼんやりと景色を眺めて屋敷に戻ると、世話係の老女が必死の形相で駆けてきた。
「阿佐様!まさか、裏の森へ行かれたのでは!?」
「行きました。――わかっています、何一つ持ち帰ってきていません。木の葉一枚たりとも」
阿佐がうんざりした顔で言うと、老女はそれでもじっとりと疑いの眼で見つめてくる。
――ここに嫁いできた当日、きつく言われたことがある。
この屋敷の裏の森からは、何一つ持ち出してはならない。
木の実や果実はもちろん、小石の一つすらも。
それだけは必ず守ることを約束させられた。
この森の奥には祠があり、村の守り神が祀られている。
だから、森のものは全て神の持ち物であり、持ち帰れば神の怒りに触れるのだと。
内心、馬鹿馬鹿しいと思った。大の大人が揃いも揃って、御伽噺のような言い伝えを後生大事にしていることを。
ただ、それを表に出せば角が立つのがわからないほど子供でもないし、故郷の村でも似たような禁足地や、女は立ち入ってはならない社があったから、そういう類のものかと理解はした。
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