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 あまりにも有名な一節が頭に浮かぶ。店長って清少納言だったのか。 「絶対私たちなんかより風流について考えてる人がそう言ってるんだから間違いないよね」 「まあ確かに春はあけぼのだし秋は夕暮れだもんな」  我ながら意味の分からない返事をしたが、気にも留めずに彼女は話を進めた。  いや、飛ばした。 「だから来週の夜、私と一緒に風流(ふうりゅう)しに行こうよ」 「え、なんで」  あまりに華麗な話の飛躍に僕は戸惑う。  枕草子の話だったはずが、いつの間に僕たちが一緒に風流(ふうりゅう)する話になってるんだ。そもそも風流(ふうりゅう)するってなに。 「なんでって、そりゃあれだよ」  和泉は食べきったメロンパンの袋を丸めて固く結ぶ。そして腕を振り上げたかと思うと、それをゴミ箱に向けて放った。 「初めて入るカフェに一人で行くのは緊張するでしょ?」  見惚れてしまうほど美しい放物線を描いて、固結びされた袋はゴミ箱へと吸い込まれる。  そして見事なシュートを祝うかのように、昼休憩終了のチャイムがスピーカーから流れた。 「ね、行こ」    チャイムの音の隙間から彼女の声が聞こえる。  その微笑みに魔法でもかけられたかのように、僕は何も言えずただ頷いた。
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