26人が本棚に入れています
本棚に追加
5
「店長が言ってたの。月のころはさらなり、って」
「清少納言な。でも、さすがに綺麗だな」
「ね。お団子持ってくればよかった」
「それは夏じゃない。秋だ」
「もしくは虫かごいっぱいにホタル捕まえて一斉にグラウンドに放すとか」
「それは風流じゃない。放流だ」
僕たちはグラウンドへと続く石段に腰掛けて月を見上げていた。
石段は空気よりも幾分か冷たく、手のひらを乗せれば熱を心地よく吸い取ってくれる。さらりと砂の感触がした。
月は煌々と誰もいないグラウンドを照らしている。
点いていない照明や閉め切られた体育倉庫の影が地面に描かれる。並んで座る僕たちの影も背中から伸びていた。
「これが夏か」
「うん、これが夏だね」
力を抜き、余計なことを考えず、ただただ五感を夏夜に溶かしていた。
四季を感じる、どころか季節に飲み込まれているようだ。二人は夏に溺れている。
たぶん今、僕たちは風流していた。
「うん、いいね。ちゃんと生きてるって感じ」
「ちゃんと生きてるやつは夜の学校に忍び込まないだろ」
「あ、そっか」
ふふ、と隣から小さな笑い声が聞こえる。月を見つめたままの僕には表情まではわからない。まあいいか、どうせ彼女もこちらを見てはいないだろう。
「なんで和泉はそんなにちゃんと生きたくなったんだ?」
僕は何の気なしに尋ねる。ふと生まれた疑問だった。
どうして彼女は風流したいと思い立ったんだろうか。
だから返ってきた予想外の台詞はノーガードの僕の心によく響いた。
「二宮くんに憧れてたから」
最初のコメントを投稿しよう!