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彼女が言葉を切ると、音ひとつない静寂が訪れた。
風も止んでいる。月明かりが僕の位置まで伸びてきて、それでも時は止まっていないと教えてくれた。
「……和泉」
彼女の名前を呼んだ。僕の声に応えるように二つの瞳が揺れる。その目を見れば、さっきの言葉が本気だというのは伝わった。
正直まだ僕は彼女のことをよくわからない。
どうして僕を選んでくれたのか、どうしてそこまで想ってくれているのか。それは今日一緒に風流してみても判明しなかった。
けどその中で、ただひとつ確かなことがある。
やっぱり店長は僕の好みを知らないってことだ。
「僕はさ、夏は昼だと思う」
僕の言葉に和泉は目を丸くした。
告白の返事が返ってくると思ったんだろう。彼女はその答えをイエスかノーしか知らないのかもしれない。
悪いな。
僕は心の中でほくそ笑む。
――ポエミーなら、男の子は女の子より三歩先を行ってんだ。
「いや夏だけじゃない。春も昼だったし、秋も昼だろうし、冬も昼になると思う」
話の意図が掴めないのか、和泉の表情には困惑が表れている。
きっと彼女は勘違いしてるんだろう。
僕は読書は好きだが、世にいう読書家ほどの愛はない。春にサッカーを断る理由にはならない。
「夏も秋も冬も春も、晴れの日も、雨の日も」
これまでの日々を思い返す。
初めに浮かぶのは、あの風流も何もない場所。エアコンの効いた教室は年中変わらなくて、いつもたったひとつの時季で満たされている。
そこでパンを齧る君と本を閉じる僕。
きっと僕たちはその季節を、ちゃんと生きてきた。
「僕は食べるのが遅いクラスメイトと話せる昼休憩が一番好きなんだ」
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