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 しかし、その日以降葵がウタの元に現れることはなかった。待てども待てどもやって来ない。何度夏が訪れても、それきりだったのだ。  様子を見に行きたくても、葵がどこに暮らしているのかわからない。それに、神社から離れられないウタにはどうすることもできないまま月日は経った。  そして、葵の姿をようやく見つけたのは、この春だった。神社の前の通りを歩いているところを偶然見かけたのだ。随分と大きくなり、すっかりと成長していたが、ウタが見間違えるはずがない。  葵は大学生とやらになり、神社の前の通りは通学のために通っているようだった。しかし、何度か目の前に立ってみてもその目がウタを映すことはなく、あの頃ウタの姿が見えていたのは、やはり子供だったからなのかと切なくなった。  それでも、境内に入ってくれれば、今はあの頃とは違い力も多少ついた。人の姿に化け、姿を現せるようになった。  だから、その時が来たらきっと姿を見せ、声をかけようと思っていた。  あの頃みたいに、「ウタ」と明るく溌剌とした声で呼んでもらいたくて。  でも、彼は変わってしまった。ウタのことも、すっかり忘れてしまったようだった。  人は短い一生の中にたくさんの出会いや別れを繰り返す。その一瞬の出来事をいつまでも大事に覚えていることの方が珍しいのだろう。あの時のことを、何年経っても鮮明に、大事に心に抱いているウタと違って。
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