12人が本棚に入れています
本棚に追加
“配達時間は指定してないから、今日はちゃんと家にいて受け取ってよ。届いたら電話して”
電話で耳にする母の声は何だか時限爆弾か違法な薬物でも扱うかのように張り詰めている。
「大丈夫だよ、今日は出掛けないし」
何の予定もない日曜日で、窓の外は大雨だ。
テレビでは地域全体に洪水警報が出ているが、このマンションは高台にあるから、多分避難する必要は出ないだろう。
「でも、この雨だから配達は遅れるかもね」
“駄目だよ”
電話の向こうは禁止より懇願の口調だ。
“届かなかったら夜の九時に電話して”
「分かった」
こちらもつられるように沈んだ声になる。
本当なら桜桃を一箱受け取るだけの話なのに。
“思い詰めちゃ駄目だからね”
「大丈夫だよ」
今日は、私が高校卒業から十年付き合った同級生の元カレ、達央の結婚式だ。
相手は彼の職場の後輩で、二十一、二の女の子だ。
「私にはもう関係ない話だし」
達央とは二か月前の別れ話以来、会ってもいなければ、こちらからも連絡していない。
“あんたも悪いんだよ。長すぎた春は良くないって言ったでしょ”
電話の向こうの声が急に嘆息と共に説教の口調になった。
“早く結婚すれば良かったのにダラダラ付き合って、横から出てきた若い女に取られて”
「関係ないと言ってるでしょ」
電話を切ってスマホの電源ごとオフにする。
母には夜の九時に電話すれば良いのだから、それまでは繋がなくて良い。
最初のコメントを投稿しよう!