ヒガイシャ

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ヒガイシャ

 気が付いたのは暗闇の中だった。パイプ椅子のような固い感触。  眼球に光が入らない程に真っ暗な空間。自分の靴の色さえ認識できない。屋内であることは確かなようだ。  普段はデニムの右ポケットに入れているスマートフォンもない。その他自分の所持品と呼べるものは一切持っていない。時間すら不明だ。  少し痺れがあり、手足の感覚が鈍い。しかし痛みは無い。長時間同じ体制でいた反動だろうか。  僕は何故こんな場所にいるのだろう?  誰かに連れてこられたのか……いやしかし、拘束はされていない。  冷静に状況判断をしようにも情報が少なすぎる。最後の記憶も曖昧だ。  覚えているのは、日課である動画配信を明け方まで続け、結局睡魔に勝てず配信を閉じたところまで。  その後自室に戻ったのか、車内に居たままだったのか、それすらもわからない。  徐々に焦りと恐怖心に苛まれていた。  『ようやくお目覚めですか?』  突如として、スピーカーから流れ出たような音声が耳に入る。ボイスチェンジャーを使用した声だった。  「だ、誰だ!?ここはどこなんだ!」  何かの端末の通話アプリから会話をしているのだろうか?真っ暗で何も見えないが、人の気配は無さそうだ。    『私は、アナタのファンですよ』  僕のファン……  僕は、そこそこの人気を誇る配信者だ。LIVEを開始すれば瞬く間にリスナーが集まり、僕の話を聞いてくれる。女性が多く、時には個人的な相談に乗ることもある。    その一部が行き過ぎた行動を起こしたという事か……。    「な、何故こんなことをするんだ!」  『決まっているでしょう。アタナのせいですよ』  「僕のせい……?ふざけるな!こんな事をされる覚えはない。それに、どうやって僕を見つけたんだ?」  『おや、自信があったのですね。本当の自分の事は絶対にバレないと』  そうだ、バレるはずがない。  個人情報にあたる内容は極力避けていた。顔だって出していない。  いくら調べようとも僕に辿り着くことは不可能なはずだ。  『さぞ、楽しかったでしょうね。高スペックを自称し、時には悲しい境遇で気を引きながら羨望と同情を同時に手に入れたのですから』  何故だ、何故バレている。  所詮ネットの世界だ。自身を守る為にも本当の事など話すわけがない。実際がどうであれ、誰しもが思う理想の人物を見せる事で馬鹿なリスナーどもは勝手に想像し、騙されていれば良いのだ。  境遇についてだってそうだ。身の上が完璧過ぎると妬まれてしまう。同情を引く悲しい男を演じる事で皆が僕を心配し、慰めようとしてくれる。  そうする事で、僕はさらに注目を浴びる。  素晴らしいじゃないか。ドラマや映画と同じだ。作り物の虚構に共感し、敬い、感情移入する。それがエンターテイメントだ。  『インターネットで調べた知識を駆使し演じていたようですが、私を含め数人のリスナーは気付いていましたよ?アナタが嘘で塗り固められた虚構に縋る、残念な人物だという事は。それにしても実際はかなり小柄なんですね、高身長を自称していたのに、少しがっかりです』  「なんだと……」    20㎝偽った身長、虚偽の大病、家族に捨てられたという作り話……全て把握されているという事なのか……  『そしてアナタは超えてしまった。越えてはいけないラインを』  「ライン?……くっ……。僕は暇を持て余した頭の悪い連中の相手になってやってたんだぞ?感謝されても……良いぐらいだ……」  頭が重い。思うように言葉が出てこない。  『あらあら、苦しそうですね?そろそろ効いてきましたか』  「ぐっ……、はっ」  椅子から転げ落ちる。身体が動かない。受け身も取れずに顔面を強打する。  何かを盛られていたのか……。息も苦しくなってきた。  『しかし、よくもまあ、あれほど嘘を並べたものです。ですが注目を浴びたいが為に病を偽ったことはやり過ぎましたね。アナタの愚行は、同じ病名で本当に苦しむ人を深く傷付けました。単なる言葉遊びで済む問題ではございません』  「は……?」  『アナタの目的は、気を引く事。自分が一番可哀そうで、心配されたい。だから、同じような苦しみを持つ人が現れても、僕の方が辛い、僕の方が可哀そう、僕の方が、僕の方が……バカの一つ覚えのように唱えていました』  「……」  ついに発声すら難しくなってきた。このまま息が止まるのだろうか……  『私は、アナタのファンであり、とある友人の代行者でもあります。私は友人に尋ねました。虚言癖の愚者が吐いた言葉によって深く傷付いたこと、どう思っているのかと』    『「ゆるせない」だそうです。なので、私はどちらの意見も尊重しようと思います』  殺…さ……れる…………… ______________________________  目が覚めると、そこは車の中だった。  紛れもなく、乗り慣れた自分の車だ。ぼんやりとした視界の中でも認識できる。  夢……だったのか?いや、きっとそうだ。僕しか知らない情報があれこれ詰められ過ぎている。バレるはずがないのだから。  しかし身体が熱い。全身が焼けるようだ。夏場に車内で長時間過ごしてしまったからだろうか。とにかくエンジンをかけて冷房を…  「…………………っ!!!う、ううわぁぁぁぁあああああ!!!!!!!」  伸ばしたはずの右腕が、存在していない。  肘から先が見当たらない。  左腕も、同じだった。  そして両脚も………  「な、な……うっ、なんだ、これ……!!!」  四肢をもがれ、身動きが取れない。痛みと絶望が津波のように押し寄せる。  意識が飛びそうだ。  朦朧とする中で見つけたのは、フロントガラスに貼られた一枚の紙きれだった。  「オメデトウ オモウゾンブンアジワッテネ」
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