コップは重なる

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歩の家庭菜園である1アールの畑には、この季節に収穫できる、トマト、ミニトマト、キュウリ、ナス、エダマメ、ピーマン、カボチャと、定番の夏野菜が本業の農家と同じく、収穫の最盛期を迎えている。早ければ6月には収穫できるこの夏野菜たちは、初夏から盛夏までしっかりと働いてくれて、夏になると、もうそろそろお疲れ気味だ。 畝ごとに時期をずらして植えたエダマメの、粒が膨れた枝を見定めて切り落とし、そのままコンテナに横たえる。 横に見える叔父の畑では、トウモロコシの列がまだいくつも収穫を待っている。歩の畑では、トウモロコシはもう終わってしまった。一本の苗からひとつしか収穫できないトウモロコシは、収穫量は少なくても多品種を作りたい歩の畑では、それにばかりに場所が取られてしまいもったいないとの考えからだ。 次に控えるのは、サトイモとブロッコリー、母に毎年頼まれる、ささげが一畝。 サトイモは、その下で小さな物の怪が雨宿りでもしていそうな大きな葉が逞しく育ったものの、雨が少ない今年は芋が上手くできるか、歩は心配している。この管内でもサトイモの疫病が度々発生していると報告があり、その度に予防のためと、周囲の農家への配慮で農薬をまかなくてはいけなくて手が掛かる。 これが全部だめになってしまったら、もったいないし、疫病の見分け方もわからないから、一度叔父さんに見てもらって。その時に水をあるのがいいかも聞いてみるかな、と歩はピーマンを収穫しながら考える。 この地域の特産品であるサトイモの疫病が確認されていることは、ここのところ、農家の中では大きな話題のひとつだ。こんな小さな畑から出て、外に広がれば農家にとっては一大事。専業農家である叔父の畑を借りているからには、歩も気にしていなくてはいけない。 畑の端に数列植えた、一番背が高い作物はゴマだ。これは、畑の収穫が追いつかなくならないようにするために、場所の配分で植えている作物なのだけれど、ゴマの子実が熟すまでは、家庭菜園では虫が付かないように見ておけば、放っておけばいい。毎日収穫をしなくていいのがなによりの利点だ。 自家栽培のごまは1年分の保存食になるし、乾燥させて保存しておいて、生のものを使う前に煎った時の、香ばしい香りはなんとも言えない。 なにより、子実が熟れたと判断したら全て刈り取ってから置いておいて、時間のある時に作業が出来るのがいい。 毎日、毎日、収穫しても見落として1日置くとおばけのように大きくなってしまうキュウリに比べると、悠々と刈り取られるのを待つゴマの姿は、自分のそれとは比較にもならないくらいに、寛大で、余裕を感じるのだ。 今年はつるありインゲンをやらなくて正解だったなと、歩は汗を拭う。叔父さんに頼まれて、今年はまた面積が増えたから。あれがあったら夜も来てやるようだったと、歩はずっと植えてきたインゲンを、今年は手間がかかるからと、やめた自分の英断を褒めた。 インゲンもまた、収穫に追われる野菜だ。 歩の叔父は年々、畑の規模を縮小していた。年齢も後期高齢者の域に入り、妻である歩の叔母はすでに数年前に他界していたから、1人で全てを担うのはもう体がきついのだろう。 そうして歩に耕してくれと頼む。農地として登録された土地は厄介だ。税金は家屋や駐車場の登録に比べて非常に優遇されるものの、そこに建物を建ててはもちろんいけないし、農地として、そこで作物を栽培するか、それが難しければ、最低でも(うね)っておかなければならない。 畝るとは、耕しておくこと。 雑草だらけで放置しておいては、農地としては認められなくなるよ、ということらしい。 畝ってねぇとな、役場から電話があんだよ、畝るようにってなぁ。 そう、叔父が口にしているのを聞いたことがある。 農協にも耕作放棄地の管理をいくらで請け負いますという事業があるくらい、農地は農地であらなくてはならないらしい。この広大な土地は叔父がリタイアしたらどうなるのだろうかと、ふと思うと、今考えてもしょうがないと、歩はいつもそこで考えるのを止める。
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