第一話 憂鬱な週明け

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第一話 憂鬱な週明け

 父ちゃんが亡くなって十三年がたった。  十八で兄貴を生んだ母さんは三人の息子を育て上げた。  一番下の雅弘(まさひろ、マー)は、十四になった。彼は父ちゃんのことは何も覚えていない。 俺、次男千弘(ちひろ。チー)十六、何とか顔を覚えているとはいえ、もう写真の中で笑う顔しかわからない。 兄貴典弘(のりひろ、のりちゃん)は十九になった、高校を卒業して、就職した。 兄貴はいつも父ちゃんの話をし始めると、言葉を失う、もうそのへんでやめとけと言うのは、父を知らないマーへの気遣いかなと思う。 兄貴には彼女がいる、高校三年の時その存在を知った、いい人で、彼女の作る飯は美味しい。兄貴にちゃんと捕まえておけよと言うと、うんといつも言ってるけど・・・どうなる事やら。 俺の彼女?まあそれは置いておいて、朝から夜中まで働いていた母ちゃんを助けるべく、兄貴は清掃会社に就職、仕事は大変だが夜の仕事がないので選んだところもあると言っていた。 父ちゃんは土木作業員だった。 仕事中の事故で三人が亡くなった。 事故の原因なんか俺はその時知らなかったし今はどうでもいい、だって、もう帰ってこない人だから。 三歳の俺には、指をしゃぶって、居なくなった人のことなんか考えることなんかできなくて、ただ今は、“親父”と呼べる人がいない、母子家庭それだけのことだった。 母ちゃんは必至で生きた。 俺たちのためだけに、生きた。 今まで、そう、思っていた。 女を捨てて化粧っ気もなく、着ているものもいつも同じで、恋愛もせず、何もかも子供のためだけにささげてきたんだと勝手に思っていた。 でも思い返せば、男の影がちらちら見えていたときがあった。 マーが小学校一年、俺が三年生のころだ。 確かその人を連れて来たような気がする、覚えているようで忘れている。 母ちゃんは天然のところがある。 それがかわいいという男性もいた、確かにいた。それに俺が言うのも何だが美人だと思う、だから雅弘は、そういう関係になりそうだと割って入り邪魔をした。 母ちゃんをとられないように・・・ 限界だったのかもしれない、女としてもう少し生きてみたい。 去年、暑い夏が始まりかけた日に母ちゃんが連れて来たのは若い男性だった。 「久しぶりです」 その声には覚えがあった。 そう忘れていた記憶がよみがえる。 あのときだ、マーが泣いて叫んだんだ、母ちゃんを連れて行くなって、そうだ思い出した。今から七年も前の事だった、それ以来母ちゃんは男を連れてこなかった。 母ちゃんが連れてきた人は、若くして死んだオヤジに比べ、だいぶ年上の人に見えた。眼鏡をかけ、もっさりとした髪型は肌を見せることはなかった。よく見もしなかった、別に、母ちゃんが幸せになるなら反対はしないと兄貴は言ったけど、俺は嫌だった。 知らない人が入り込むのが…嫌だった。 「好きにすればいい、でも俺は嫌だ、そうなったら出ていく、いいよな」 もうみんな大きくなったし、俺たちももう文句は言わない。 兄貴の声が耳に入ってきて、顔をあげた。 スーツ姿に、髪の毛を後ろになでつけ、かっこいいわけでもないけど、普通の人、普通のサラリーマンそう思えた。ただ前にあった時よりも若いように感じた。 母ちゃんは何も言わなかった、ただ、ごめんなさい、勝手なことをして。と言って泣いていた。七年待った、のかはわからないが、やっぱり一緒になりたいという母ちゃんに負けた。 彼は母ちゃんと同じ大手スーパーで働いているそうだ。 母ちゃんは、俺たちを捨てたわけじゃない、ただ、新しい家族が出来るだけ。でも、俺は無理だった、いくら優しい人だととはいえ、なかなか一緒という訳には・・・ でも、兄貴も弟も、泣きじゃくる母ちゃんに負け、賛成した、二人は結婚する事が決まり、籍を入れた。 でも入れただけで、俺たちはその先の事なんて考えてもいなくて、この狭いアパートでズーッと四人+一という関係だけで大人になって行くんだろうなー、ぐらいにしか思っていなかったんだ。 一泊でいい、旅行をさせてほしいという母ちゃん、別に今までと変わりない、行って来ればいいとマーは母ちゃんを押し出した。 おやじが死んでから、母ちゃんは仕事ばかりで、朝から夜中まで、時には泊まりなんかで会うこともないほど働いてきた。席を入れても忙しい二人は俺たちのために仕事をしているもんだとばかり思っていたんだ。 俺たち三人は道を曲げもせず、まっすぐ生きてきたと思うよ。家の中のこと、家事はばあちゃんが倒れてから俺たちがしてきた。ずっと、だから変わらない、変わらないはずだった。
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