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第七話 サヨナラの場所
九月の月曜日、祭日、この日引っ越しが行われた。
俺たちは、引っ越しというと、自分たちで、箱にモノを詰めてなんて思っていたけど。
「大事なものだけ入れてね」
そう言われ渡された箱、引っ越し業者のデカい文字に負けないくらい大きな俺たちの名前が入っていた。どう見ても幼い文字、真と怜が書いた物にみんなが笑った。
俺たちは勉強道具や、宝物、そんなのを入れていく。
真と怜は母さんの側で手伝い。
小さな仏壇を丁寧に包み、アルバムなんかを箱に入れていた。
こんにちわ
引越し業者が来た、勝手に上がりこんで、キッチンのものを箱に詰めていく。母さんが指示をしながら進んでいく、布団は廃棄、いらないものがごみになっていく。
食器、家具、なんだかもうお前たちは用済みだとでも言われているみたいな気がした。
「ゴミにするのか?」
「まさか、もったいない、別の所に預けるのよ、あんた達が独立したい時に使えばいいし、でもこれはダメね、これは廃棄だわ」
大きな食器棚は、ゆがんで扉やガラス窓が閉まらなくなっていた。
なにもなくなった部屋で、兄貴は懐かしそうに、壁や柱を触っていた。
「写真撮ろうか」
そうだなと言って、懐かしいものを買ってもらったばかりのスマホに収めて行った。
「二十年、あっという間だったな」
「こんなに狭かったんだね」
「今が広すぎるんだよ」
五人の背比べ、そこにはもういない人の身長が刻まれていた。
兄貴は最後に測って、それも写真に収めた。
父さん、追い越しちゃったよ、そう言った兄貴の声が涙声に聞こえたのは俺だけだろう。
一人、一人、最後の思い出として…
「お世話になりました!」
俺の声がなにもなくなった部屋にこだました。
「ありがとう、さようなら…」
兄貴の声が寂しそうだった。
新しい家に引っ越してきて荷解きがやっと終わり、さあこれから新しい日が始まると思っていた矢先。兄貴が血相変えて帰って来た。
「聿さんは?」
「まだだけど」
「会長は?」
「多分部屋じゃないかな」
俺は後ろから付いていった。
部屋に入ると中から聞こえる兄貴の大きな声。俺はたぶん、こんなに怒鳴るような兄貴の声を久しぶりに聞いたような気がする。
「何で俺が代表取締役なんですか!」
「君はちゃんと仕事をしてきたじゃないか、現場にいるものが上に着く、それだけの事だよ」
なんのことだ?
「でも、それじゃ納得がいきません!」
「いいじゃないか、君は、清掃会社の全国を仕切る方で、別会社だ、今までの社長はそのままなんだよ、いいじゃないか」
「勝手に俺の将来決めないでください!」
「いいかい典弘君、座って聞いてくれないか?」
仕事をしていればそれなりに昇級と言うものが発生する。何年かかっても課長どまりの人もいるだろう、でも君は、跡取りになったんだ。会社経営は黙っていてもついてくる、君は変わらず、今のままの仕事をして、後輩たちにちゃんと指導してほしい。これは君の上司たちがちゃんと見込んでの事だ、私や、聿がどうのこうのしたわけじゃないんだよ。
「それでも、こんなことおかしいです」
「何がおかしいんだ、君は上に立てる人だ、自信を持ちなさい」
「それでも勤めて二年もたってません」
「今までと何が変わるんだい、ほとんど変わらないと思うよ、ただ、全国を走り回ってもらうようになるけどね」
なに言ってんだ?押しつけかよ。俺はそこで中の様子を聞いていたんだ。
「あら、チーちゃん、立ち聞きはよくないわ」
びっくりした、そこに居たのはおばあちゃん。やべ、どうしよう。
「いえ、ちょっと、兄貴の怒鳴り声が聞こえたもんだから」
嘘ではない、でもな。
「あらそう、中に入らない、ケーキがあるの、数が少ないから、他の子たちには内緒ね」
そう言って、おばあさんは兄がいるのも構わず俺を部屋の中に引っ張って行った。
もう、この人たちは、奔放すぎるよ。
兄貴に手を合わせながら、おばあさんの後を行く。
「何が嫌なのかしらね?」
「さあ」としか言えなかった。
何かがずれているような気がしたけど、金持ちってこうなのかな?
その夜兄貴は、部屋から出ることはなかった。
そして俺にもそれはやってきた。
「坂本」
「はい」
職員室にと言われた。
「お母さん再婚したんだってな」
職員室に入るや否や第一投がそれかよ?
遅れてすいません、俺、木村になったんです。
今日手続きに、代理の方が来たそうだ。それならそうと言ってくれ。
「お前凄いな、盆栽やってるんだってな?」
盆栽?爺ちゃんか。もらったと言って、ニ十センチほどの小さな松、俺が手伝った物を見ていた。
「先生、突っ込みどころ違うでしょ、カリオングループのトップですよ、お父様は、社長ですもんね」
はあ。
「スゲーな」
俺はすごくないですけどね。
「これ、十万するんだってな」
はあ?いや、いや、いや、それはないでしょ!俺が作ったのよ?
俺にはわからないけど、みる人が見ると判るんだってな校長がほしいって言ってたけど、やらないって言ってやったという。担任も、呑まれたか。
水やりをちゃんとしてくださいと言ったら笑われた、笑うか?
もう一人、そう、マーの担任も俺の手伝った物を持ち上げありがとうと言ってくれた。
いいのか?
職員室を出た。
プリントは控えだそうだ、まあいいか?歩きながらふと思った。俺って、あれで稼げるんじゃね?っても、元が無いとだめか、何十年もかけるんだもんな。
家に帰って来ると誰もいないと言うか、いるんだろうけどみんな忙しそうで、キッチンの端にカゴが置かれ、プリントなんかそこに入れておくようになっている、その隣には各自の名前の入った引き出し、ここにはできたものが入っているんだ。アーそうか、会社の事務所と同じかと今頃気が付いた。何も入っていない引出、その横のかごに、今日来たものをポイ、ぽいと投げ入れ部屋に行き、着替えをして作業部屋へと向かった。
カラカラと音を立て開く古い木の扉。
中からは熱いと言うよりはホンワリと暖かい空気と土の匂いがする。
大きなテーブルは昔のキッチンテーブルだったんだそうだ、でもでっかい重いテーブルは下が泥で埋まっている。その周りにはいろんな椅子が置かれているけど爺ちゃんのだけはなんとなく座れない風格がある。学校で使われているような、パイプに木の板の椅子に座り、俺はじいさんに聞いたコケ玉を作っていた。作ったのはいつの間にかなくなっていて、さっきのでわかった、誰かにあげたんだと思った。
「なんか、気が休まるよな」
黙々とする作業は案外好きだ、好きな曲を聴きながらいつまでも作っていられた。
俺の居場所はここでいいのだろうかと考えては手が止まる。
さっきの兄貴の声と、あの部屋を後にした時の声は、兄の声。
さよならと言った言葉はあそこに只おいてきたものじゃない。
わかっている、わかっているんだけど…。
トントンと肩を叩かれた。振り向くと。
「聿さん!」
「まだお父さんは無理か」
「・・・すいません」
俺は認めない。
「まあいいさ、長い付き合いだ、よろしくな」
「・・・はい」
「それにしてもうまいな、釣りしのぶもよかったけど、君は才能があるな」
「あの?先生が、盆栽もらったって」
「へー、おやじだね」
小さいの、俺が手伝ったので、十万するって、そんなの俺が手伝ってよかったんだろうか?
「うん、いいと思うよ、俺はヘタでね、センスのかけらもないから、チーちゃんが認められたのなら、それもいいんじゃないのかな」
そうなのかな?
「うん、これ、またいっぱい作ってね」
と指さした前にはコケ玉が木の箱に並んでいた。
何でですか?
「あれ?聞いてないの?これ売りものだよ?」
ハア?
ちゃんと仕入票があるはずと見せてくれた。作業場の端にある汚いテーブルの引き出しから伝票を出した。
なんだ?数字がいっぱい入ってる。
これは何?
入金表だよ?
「入金?」
ここに置いておくと値段をつけて持って行ってしまうんだって。それで、なんと!俺の通帳にちゃんと入れた、と言うではないか?
「通帳?」
えっちゃんが管理してるから、見せてもらいなよという。
え?ウソ?俺が、ここに来て作った、釣りしのぶとコケ玉の数、それと、盆栽まで、俺、職人?
聿さんは笑いながら、そうだな立派な職人だな、と俺の頭を撫でて出て行った。
でも、心のどこかで、認めない、懐柔されるもんかって思ってる。
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