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初めての一人旅【復讐編】
「…では、次のニュースです。先日、圧倒的な支持率で、当選した…」
機内のモニターでも、ニュースの話題は、この国初の女性大統領の初外交で持ちっきりであった。
弱冠、三十歳にして、最年少で、この小さな島国の第三代の大統領となった彼女には一片の隙も存在していない。淡麗な容姿と誠実な人柄は多くの国民の支持を得ていて、加えてシングルマザーにして、幼き三児の母。どんな老獪なベテラン議員にも、物怖じせず、毅然と立ち振る舞う。この国の国民はそんな彼女の姿に酔いしれているのだった。
不祥事や低支持率で、任期を待たずに辞任に追い込まれてゆく、数々の歴代首相達に国民は皆、もう、うんざりしていた。そんな時に、颯爽と現れた彼女は、その手腕を発揮し、五年で今の位置へと上り詰めたのだ。今回、彼女の初の大仕事に国中が注目し、期待の念を送り、そして大いに盛り上がっているのだ。
だが、男にはそんな事はどうでも良かったのだ。むしろ、この国中の盛り上がりに若干の苛立ちさえ覚えていた。
男はフリーのライターで、主にゴシップ雑誌や週刊誌にネタを持ち込んで生計を立てていた。決して儲かる仕事ではないし、他人に誇れる仕事でもないし、おまけにスクープをされた側からは善悪に関わらずに恨みを買い、嫌がらせや裁判沙汰なんて事は日常茶飯事なのだから、世間から見れば完全に男は悪役なのだ。
そんな男だが、訴訟や脅迫などのマイナス面を含めてこの仕事を楽しんでいた。それは時折、舞い降りてくる、数瞬、思考停止する様な特大のスクープに出会った“あの瞬間”が堪らなく好きだからであった。男はその快感に取り憑かれて、この仕事を続けているのであった。
そんな男はこの日、宇宙航路の高速ジェットでは無く、あえて時間のかかる旧式のジャンボジェット機に乗っていた。機内ガラガラで、乗客といえば、男の様な物好きや、のんびりと旅を楽しむ者、アンチ高速ジェットの老夫婦くらいのものであった。席は自由席で、一人数列を使っても十分に余るほどある為、男も席を大きく倒して、足を前の座席に掛けてくつろいでいた。
だが、そんな男は先程から一番後ろの列の窓際の席に、仏頂面を浮かべながら、一人大人しく座っている少年が気になって仕方なかった。搭乗した時は気付かなかったが、どうやら他の家族はいないらしい。そして、その落ち着いた様子と服装から、育ちの良さが見受けられて、いかにも一人で、こんな旧式の旅客機に乗る様には思えなかったのだ。
男は少年に気が付いてから一時間ほどが経過していたが、その少年が放つ、その違和感が気になって仕方なくなっていた。それは男のゴシップ記者の嗅覚が、異常に反応していて、男を少年へと誘っているのだった。
そして男は、とうとう席を立つと、一直線にその少年な隣に座って、声をかけた。
「どうしたんだい、少年。一人でどこまで行くんだい?」
少年は相変わらずの仏頂面で言った。
「どちら様ですか?」
「お、俺か?何、ちょっとした物書きをしている者さ。別に怪しい者じゃないよ」
男は初対面の他人に、自らの職業を言う時は決まってそう言うのであった。そして今回は男のその小さな嘘が少年の心を開く事となったのだった。
「物書き⁈すると小説家さんですか⁈す、凄い…‼︎」
少年は瞬時に目を輝かせて、興奮していた。
「ま、まぁそんな所さ…。で、君はこんな所で一人なのか?お母さんは居ないのか?」
少年は再び仏頂面になった。
「居ます。今、母の所に向かっているんです」
「マジか⁈しかも、一人で⁈一体何があったんだよ?」
「…。言いたくありません」
少年は仏頂面で、プイッと、そっぽを向いてしまった。
「まぁ、俺もわかるよ。俺なんて、この歳になっても、仕事の事で親には文句を言われてるからな…」
「そうなんですか?立派な職業なのに…」
「ま、まぁな…。で、何があったんだ?」
少年は相変わらずの仏頂面でボソリと言った。
「…。復讐です。僕は母を許しませんから」
男はギョッとした。年の頃、七、八歳と言ったところだろうか?そんな少年の口から『母を許さない』だの『復讐』とは穏やかではない。
「ど、どうしたんだ?一体、何があったんだよ?」
「…。言いたくありません!」
少年は脹れてしまった。
「ま、まぁ、落ち着けよ…。俺も親には文句ばかり言われてるが、たまには仕事を褒められたりして、何だかんだで上手くやってるんだぜ?」
「それはオジさんは立派な仕事をしてるから…」
「お、オジ…。ま、まぁ、話してみれば楽になる事もあるぞ?」
少しの沈黙の後、少年は渋々ながらボソリと言った。
「…。母は今日、僕と遊んでくれると約束してくれました。でも、やっぱり今回も急に仕事が入って、約束は破棄されたのです。もうこれで、今年になってから、十七回目です。
僕はもう、許しません!これから母の仕事場にアポ無しで現れて、度肝を抜かせてやるんです。これは報復です。復讐なのです!」
男は安堵した。
「何だ、そんな事か…‼︎」
「そんな事とは何ですか!こっちは母と決別する覚悟でやっているんですよ⁈」
「まぁまぁ、そう怒らないでくれ…」
男は『このくらいの年頃の子供は全く…』と胸を撫で下ろした。
「怒りますよ!僕はもう、この国をぶっ壊してやる覚悟なんですよ⁈」
男は内心『何をオーバーな…』と思ったが、そんなところも、可愛らしく思えたのだった。
「ハハハッ。それは大変だ。何でそこまでして…、そんな事になってしまうんだよ⁈少し、冷静になれよ」
少年は怒ってはいたが、男をすっかり信頼した。小説家(勘違い)で、自分の話を親身になって聞いてくれた男に、こっそりと少年はその理由を耳打ちした。
「誰にも言わないでくださいよ。実は僕の母は…」
そして、男は数瞬の思考停止の後、ぶったまげるのであった。『まさか、この少年がこの国、初の女性大統領の隠し子の一人だなんて…‼︎』と。終
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