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4
あれから少年の姿を見ないまま長い時が流れた。
この場所に新しい人が現れ、そして光る珠になって去って行く。
俺と同じように光る石を積み続ける者、途中で投げ出す者。沢山の人たちを見てきたけど、それでも俺の気もちは最初と何も変わらなかった。
未だ光る石を見つけ、積み上げる。それは大きく、大人がすっぽりと隠れてしまうくらいになった。これほどまでに自分の事を想ってくれていたのだと思うと何だか胸がぎゅっとなった。
生前悪態を何度吐かれたか分からないけど、抱きしめると素直に身を委ねてくれた。腕の中で甘く香る優しい香りが「好き」っていつも伝えてくれていた。
みんな俺の事をのんびり屋で能天気な人間だと思っていたが、実はそうではない。ただセイの事が大事でセイの事だけを想っていたから他の事は大した意味もないし、セイの口から出る悪い言葉だって可愛いと思えた。愛の囁きだって思えた。
ただ一度だけ――あの言葉だけは胸が抉られて、痛くていたくて仕方がなかったけれど――。
「何で! 何でさっさと病院に行かなかったんだよ! バカ!!」
明らかな不調を感じながらも周りに隠し、俺が病院に行ったのはにっちもさっちもいかなくなってからだった。だからそう言われて当然の事だった。だけど、当時の俺は不況を言い訳に会社をクビになっていて、新しい就職先を探していて病院に行く暇なんてなかった。その事を正直に言って相談すればよかったのだろうけど、セイにこれ以上心配をかけたくなかったのだ。
そのせいで結局はセイを悲しませる事になってしまった。
「――セイ、愛しているよ。だからもう充分だ。最後にセイを縛るような物を残してしまったけど、もう充分だよ」
俺は石を積みながら考えていた。
「――お願いがあるんだ。出て来てくれないかな」
俺の傍にすっとあの少年が立つ。
「壊して欲しい」
「――結局諦めたって事か」
俺は少年の言葉に頭を振る。
「これがあり続ける事はもしかしたらセイを俺に縛り続ける事なんじゃないかと思って」
そう。俺はずっと想いの石について考えていた。
たとえ小さな石であってもこんなに堆く積み上げられたなら、その想いはなんらかの力を持つのではないか。たとえば俺がセイを縛るというような――――。まるで呪いのようだな、と思う。
俺が積んだ石が無くなってしまえば、もしかしたらセイの方にも影響が出て俺への想いも消えてなくなるんじゃないかと思ったのだ。
俺と違ってセイは生きているのだ。だとしたら俺に縛り続ける事はセイにとっていい事ではないのかもしれない。最初はセイに生きていて欲しくて俺に縛るような真似をしたけど――いや、今更どんなに言い繕ってみても意味がない。
本当は俺の事をずっと想っていて欲しかった。俺だけを生涯愛し続けて欲しかった。セイの『永遠』が欲しかったのだ。
これは全部ただの俺のドロドロと醜い欲だ。傍に居られないくせに抱いてはいけない欲なのだ。
でももう充分だ。充分すぎる時間が過ぎてしまった――。
「そうだな。それを壊したらこれまでの想いはお前が言うように綺麗さっぱり消えてなくなる、かもしれない。もしかしたらお前という存在そのものも忘れてしまうかもな、知らねぇけど。それでもいいのか?」
もう意地悪でもバカにした風でもなく、心配するようにただひたすらに優しい声で少年は言葉を紡ぐ。子どものはずなのにまるで年上みたいに思えた。
「――そう、だね。もしもこれだけ立派に積み上げたご褒美なんてものがあるとしたら――セイの時間を戻して俺とは出会わなかった事にできないかな?」
「…………」
「無理かな?」
「お前はどうするんだ? そいつの時を戻してお前と出会わなかった事にできたとして、お前は? お前の中にはそいつとの事は残り続けるんだぞ?」
「そうだなぁ俺はセイの傍に居られないなら生まれ変わっても意味はないし、ここに残るかな。きみもそうしたんじゃない?」
俺の質問に少年は肯定も否定もする事なく、「はぁ……」と大きな溜め息を吐いた。俺にはそれが肯定だと思えた。少年もまた愛する人を大事に想うが故に積み上げた石を壊す事を願い、大事な人との縁を切ったんだ。
見た目の年齢から言って相手が恋愛的な意味の繋がりだったとは思えない、たとえば親と子のようなそんな繋がりだったんだと思う。子が親を想い、親から想われる事を消さなくてはいけない悲しみ。今の俺以上に辛かったはずだ。
「バカだなお前」
ぽつりと呟く少年。
「ごめんね」
俺も小さく謝罪の言葉を口にして微笑む。
――――そして少年はぎゅっと両手を握りしめ……高く積まれた石塔を壊した。
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