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 『ドゴッ』という音がして、積み上げられていた石が光の粒になって消えていく。  それは俺への『想い』が消えていく事を意味したけど、俺は凪いだ気持ちで見ていた。愛する人の幸せを願って――――。  『どうか誰よりも幸せになって。さようなら、愛しい人。俺を愛してくれてありがとう』  だけど信じれない事が起こったのだ。石が全て消え、石のあった場所に誰かが立っていた。  それはここにいるはずのない人だった。今まさに別れを告げた愛する人。  何度もなんども瞬くが消える事はない。時の流れを思わせる姿であっても見間違うはずがなかった。愛しい人が戸惑いながらもあの頃の温かな眼差しでこちらを見ていた。   「――セ、イ……?」  何故? どうして? とすぐにでも抱きしめたいのに戸惑い、愛しい人に手を伸ばす事もできない俺に答えをくれたのは少年だった。 「――お前がここに来てそれだけの時間が過ぎたって事だ。人が長い(・・)一生を軽く(・・)終えちまうくらいのな。本当お前らってお互いの事どんだけ好きなんだよ。こういう(・・・・)場所は他にも多分沢山あって、こんな風にここでまた会えるなんて事、普通はない。――神さまだって人でなしじゃねぇって事、なのかな。って(はな)っから()じゃねぇけどな」  少年は驚いたように、呆れたようにそう言うと最後にケタケタとおかしそうに笑って、その笑顔に何故か寂しさも見え胸がズキリと痛んだ。だけど少年がそれ以上何かを言う事もなく、俺の方もセイと再び会えた喜びの方が勝ってしまった。まだどこか信じられない思いで手を伸ばし、セイに触れた。指先に温もりがじんわりと広がっていき涙が滲む。  本物だ。  そう思った瞬間セイの細い身体を抱きしめていた。セイも少しも拒絶する事なく抱きしめ返してくれて、俺はお互いの想いの深さを改めて思い知った。  どんな事があっても手放せるものじゃなかった。  ふたりは同じ想いだったのに。  堰を切ったように止めどなく溢れ出る涙と枯れる事のない想い。  どのくらい抱き合っていたのだろうか気づいた時には少年の姿はなく、それから二度と俺たちの前に姿を現す事はなかった。 *****  俺とセイは会えなかった時間を埋めるように色々な事を話した。  怒られて泣かれて謝って、抱きしめ合ってキスをして、また話をして。  そして決めた。  ふたりで手を繋ぎ川へと入っていく。  最後に、姿が見えなくてもどこかで必ず見てくれているだろう人物へと揃って頭を下げた。勿論神さまへの感謝も忘れない。  この場所に居続ける事はきっといけない事だ。  そう思ったのは他の人が転生するのを何度も見送って、少しずつ身体のあちこちが痛むようになったからだ。既に死んでいるのだから年だってとらないし、身体的に成長する事もない。勿論病気やケガもあり得ない。  それなのに身体が痛むのは、多分ここは生前充分にお別れができなかった人たちへの救済の場で、普通はこんなに長い間留まったりはしないのだ。光る珠へと姿を変えた人たちは思い返してみれば、皆一様に期待に満ちた顔をしていたように思う。  転生は『諦め』たのではなく、納得した上での『旅立ち』だったのではないだろうか。  だから長い間居続けてしまった俺への神さまからの罰、もしくは促し、なんじゃないだろうかと考えた。  それが正しければ、このままではいずれセイにも痛く苦しい思いをさせてしまう事になる。そんなのは絶対に嫌だった。  だから俺はセイと一緒に生まれ変わる事にしたのだ。  勿論生まれ変わって、再び会える保証なんてないのだからセイは生まれ変わる事を最初は強く反対した。俺もいつもなら「セイがそう言うなら」とすぐに引いてしまっていたが、今回ばかりは引けなかった。  セイが納得してくれるまで話して話してとことん話し合った。  セイはこうして俺の元へ来てくれた。だから生まれ変わってももう一度、何度だって俺たちは出会えるのだと言い続けた。それは自己暗示でもあったのだけど。  今度こそどちらかが欠ける事なく最後まで一緒にいる、そう約束する事でようやくセイも頷いてくれた。  姿かたちが変わってもきっと出会った瞬間お互いがお互いの事を分かる。もしも分からなかったとしても必ず惹かれ合う。  そしてあの少年とも再び会える、そんな気がしていた。  きっと来てくれると信じて待っているよ、俺とセイとふたりで――。  視界が揺らめき自分が作り替えられていくのを感じながら意識は光の中へと溶けていった――。 ◇◆◇◆◇ 「やっぱすげぇよな。俺にはできなかった事を何の疑いもなくやってのけちまう。強さ……、愛の力ってやつか。――俺もそろそろ行かねぇと、な」  とふたつの光る珠の旅立ちを見送りながら、思うように動かせなくなってしまった身体で持ち主を失って久しい石塔に寄りかかりながら呟く。  少年の微笑む姿は、どことなく元気(・・)のそれを思わせた。
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