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6
「おぎゃあああああああっ!!」
元気な赤ん坊の泣き声が産室に響く。
「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」
そんな声が聞こえ、俺は自分が新しい生を受けたのだと分かった。
分かった、という事はそういう事で、どういうわけか俺には前世の記憶があるのだ。俺の前世は小学生までだったけれど、その後長い時をあの場所で過ごしたからか精神的な年齢は結構いい歳だ。
だからこれからの事を思うとなかなか厄介だなと思ったがすぐに、まぁ記憶があった方があいつらを探せるからいいか、と思った。
――のだけど。
生れて暫くして分かった事だが、俺は前世では弟だった元気の恋人である生の弟として生まれたらしい。何ともややこしい。
名前も顔も違っていたけど、俺には分かった。
元気は『優』と名付けられ、『光』と名付けられたセイと幼馴染として生きていた。ふたりの子どもに――とも思っていたが、どうやら今世でもふたりは男で同性だったから、弟として生まれた事は上出来ではないだろうか。
俺と違ってふたりには前世の記憶はないようだが、ものすごく仲がいい。
いつもぴったりとくっついていて、何をするのも一緒だ。今はふたりで仲良く俺の面倒をみてくれている。
ふたりの今後を思うと今からそんな風で大丈夫か? と心配になるが、まぁあのふたりなら何とかなるかと思い直す。どうにもならない事でもきっと乗り越えていけるだろう。
俺は小学生で前回の生を終えてしまったから、生まれ変わる事が怖かった。両親の悲しみや痛みが光る石を通してひしひしと伝わってきたからだ。
最初はせっせと石を探して積み上げていたけど、あいつより先に石のからくりに気がついて、早々に自らの手で壊してしまった。俺は両親にずっと愛されていたかったけど、両親の俺への想いを悲しみに染めたくはなかったのだ。
あいつに言ったように積んだ石を壊す事で両親が俺の事を忘れてしまう可能性だってあった。と言うか色々な可能性があって、今も本当のところは何も分からない。俺もあの場所に居続けてはいたけど、誰かに本当の事を聞いたわけではないのだ。ただ長く見てきたが故の想像でしかない。
積み上げた石を壊して、両親は穏やかな想いだけを残してくれた。そして何となくだけど新たに家族が増えたのだと石を通して分かっていた。
両親の想いが少しだけ形を変えたからだ。
それから何年過ぎたのだろうか、分からないけれど想いが新たに作られなくなり両親が亡くなったのだと自然と分かった。それでも俺は転生したいとは思えなかった。
また誰かを悲しませたり、何より自分がまたあんな想いをするくらいならこのままあの場所で朽ちていく方がマシだと思えたのだ。誰の物かも分からない残された石塔に背を預け、懐に入れた石の温もりを抱きしめながらぼんやりと日々を過ごしていた。
あの場所のいい所は何も食べなくてもお腹は空かないし、時間の経過もはっきりとは認識できない事だろうか。
それからしばらくしてあいつが現れた。ひと目見て新たに生まれていた家族、弟だと分かった。世間的には短いのかもしれないが、俺よりも大分長く生きたであろう弟。両親の傍で育つ事ができた弟。俺が石塔を壊したから生まれた弟。
必死に両親の物とは違う想いを集めて積む姿に、両親の他にも愛する人の存在を知って嫉妬心が煽られた。俺は唯一の大事な想いを分けてやったのにお前は他にもあるのか。なら、あげなきゃよかった――って。
だからつい思わせぶりな事を言ったり、意地悪をしてしまった。
弟への想いは最初から弟の物で、俺が分けてやったわけじゃなかったのに。
あいつから積んだ石を壊して欲しいと頼まれた時だって、ざまぁみろお前も苦しむといいんだと思ってしまった。愛する相手は救われるが、自分はまた新たな苦しみを味わう事になるのに。そのままあの場所に居続けるのなら心の痛みに加え身体の痛みも増えるのに。
なのに、いざ石塔を壊してみれば弟の愛する恋人が消えた石塔の跡に立っていて、ふたりの想いの強さを知った。俺は両親とは会えなかったのに弟は恋人と再び会う事ができたのだ。自分の愚かさを知らしめられた気がした。
完全なる敗北。本当は勝ち負けなんてないのに、両親の愛情の変化を石から感じ取った時から俺の心は少しだけひねくれてしまったのかもしれない。
だけど皺くちゃな姿でも関係ないと再会を喜び合うふたりを見ていたらもう弟の事を妬む気持ちはなく、ふたりに合わせる顔がないとだけ思い姿を消した。
本当は弟に会えて嬉しかった。今でもはっきりと覚えている両親に似た、血を分けた弟。会いに来てくれたわけではないと分かるけど、やっと会えた弟。
理由はともあれこの先ずっと一緒に居られるのだと、その事で受けるだろう罰なんか知らないフリをして、弟と一緒に居続ける事を喜び、願ったのだ。
それはすべて自分の寂しさを埋める為で、弟の事をひとつも想ってなんかいなかった。
本当に弟の事を想うなら騙してでも早々に石塔を壊し、新たな生を受けるべく川に入らせなくてはいけなかった。ぐずるなら手を繋いででも一緒に川へ入るべきだった。だってそれが自然の流れなのだ。それが兄としての務めなのだ。いくら俺が怖くても、やらなくてはいけない事だったのだ。
俺のようにあの場所に居続けるなんて事、許しては駄目だったのだ。結果恋人と出会えてふたりで一緒に転生できたのだとしてもそれは結果論にすぎない。
俺は自分可愛さに何もせず、結局は長い事石を積み続けるのを見守っただけ。弟と弟の元にやってきた恋人とふたりが生まれ変わるのを黙って見送っただけ。
俺は見守り傍に居られる事を喜び、この幸せを逃すまいと何もしなかった。
俺は狡くて、とても弱い。
もしも過去に戻れたとして、俺は積んだ石を今度も壊せる自信がない。誰かに頼む事すらできそうにない。
よくない事だと知っていながら色んな事に目を瞑って愛する人を縛り続けてしまうと思う。ずっとずっと俺の事を想っていて欲しい。弟だって生まれなくても……
――――いいわけがない。両親の愛情を独り占めするという事はそういう事なのだ。
俺に偉そうに語る資格なんてないのだ。俺はただ長い間何もせず寒さに身体を震わせ、暖を取るように薄っすらと光る石の温もりを抱きしめながらずっとあの場所に留まり続けただけだ。転生して両親の想いがすべて弟に奪われてしまう事が嫌だっただけだ。
『ひとり』が怖くてこわくて仕方がなかっただけなのだ。
そんな弱くて狡い俺が、弟の選択に勇気を貰った。希望を貰った。想いの強さを知った。
ふたりがあの場所で再び会えた事は本当に奇跡だって思う。だけど俺が前に進もうと思えたのはなにも奇跡が起こったからではない。奇跡なんかなくても愛し合える人がいたなら、何がどうなってもそれでいいと思えるのだと分かったからだ。ふたりが話し合うその声は俺の弱い心を変えてくれたのだ。
前世ではあまりにも幼くて誰かに恋する事も愛する事もなかったけれど、俺もふたりのように想いあえる相手に出会いたい。死んでも尚お互いを想い続ける事ができる相手と出会いたい。相手の事を想い、自分はどうなってもいいと思える強い人間になりたい。
両親の事を想い石塔を壊したのに、それを後悔するような弱い人間でいたくない。
こうしてふたりの傍で生を受けたのだから、きっとうまくいく。
必ず俺だけの愛する人を見つけてやる。
――って、俺はまだ赤ん坊で何言ってるんだって話だけど。
俺は輝ける未来に想いを馳せ、赤ん坊よろしくふにゃふにゃと笑った。
笑って、俺の意識は幸せの中にゆっくりと溶けていく――。
ぼんやりとうかぶ ふたつのまぁるいしあわせも にこにことわらっているのがみえ――た……。
-終わり-
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