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「虎抄の牙が女の首の動脈を刺していた。助からないと判断したからだ。餌(母親)を食っていたからな。逃げられては、更に被害がでる。だから女ごと貫いた。何が悪い?」 「魂の死は永遠の死だ」 「そんなことは知っている」  ギリリと男は歯を擦る。 「母親から引きはがし、妖魔だけを切っていれば、最期ぐらい、母親と、この子が話せたはずだ」 「話してどうする? どうせ死ぬ。同じ死だろう?」 「お前……」  男は顔を真っ赤にして、拳を作り青年の頬に殴り掛かった。  青年は軽く頭を振り躱す。そして伸びてきた男の腕を、ぱしりと簡単に捉え握る。 「ぐあ……」  男は苦痛で顔を歪めた。 「くっ……。お前など一流の退魔師など認めない」  青年は、にやりと笑った。 「残念だな。俺は、もとより一流だ。お前とは格が違う」  青年は男の腕を捻り上げ、捨てるように放した。  床に転がった男は、悔しそうに睨み返した。 「お前の顔など見たくない」 「同感だな」  男と青年は退魔師のコンビだ。だが、今、コンビを解消することになった。  青年は、村の住人の殺意をものともせず、その場を後にする。  男は青年に向かって吠え続けた。 「お前は退魔師失格だ。お前を相手にする奴なんていない。お前はずっと一人だ。何度。新しいコンビを組んだとしても、お前は仕事は出来なくなる。お前は一人だ。ずっとな…」  男の声が遠のいた。  「ふん」  だから何だと言うのだ。一人でも十分だ。  だが、そうも言ってられない。 「退魔師は二人以上で仕事をする決まりだ。まったく面倒な法律だ」  すっかり村が見えなくなったところで青年は丘の上に、ひとり立つ。一本の杉の木から空を仰いだ。  暗雲が蠢いている。  青年には、わからなかった。  なぜ?あんなに皆が怒りを露わにしているのか、感謝こそされても怒る道理はない。  妖魔を退治してやったのに、なぜ怒る。たった一人の女を刺しただけで、あれほど怒ることなのだろうか?  どうせ死んだだろう。何故だ?  看取ってどうする?  青年には、わからない。 「まあいい。次の相手は、もう少しましな奴を願う。間違っても弱い女は願い下げた。面倒だからな」  風が、ゴウゴウと吹き荒れた。  しだいに雨が降り出し、土砂降りになる。  空を切り裂く雷鳴が轟いた。
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