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──現世
コツコツとシャーペンの書く音が響渡っていた。担任教師は生徒を監視しながら教室を歩く。
思考回路が低下させるほど茹だる暑さのなか、生徒は真剣に机に齧り付いている。
引っ付き虫の日だ。
窓の外を見れば花壇に咲いたヒマワリが猛暑で項垂れていた。元気なのは綠葉の木に止まっている蝉だけ。
けたたましくミンミンと鳴いていた。
先週の雷雨とは打って変わって、強い残暑。
壁に掛けられた時計の針が、カチリと十二時を指すと、公立高校の終業ベルが鳴った。
七月上旬。金曜日。
今日はテストの最終日だ。期末テストが終わり、連日続いたテスト勉強から開放され、生徒たちは、わっと歓喜し嬉しさが隠しきれない様子だ。
やっと。机から離れられる。
あとは、帰るだけ。
皆が浮き足立っていた。
終礼を終えて帰り支度を始める。
そんな中、一人の少女は急いでいた。
「あやせっち。このあと竹屋に行かない」
「ごめん。用事があるんだ」
高校で出来た友達に呼び止められ、少女は一つ瞬きをして振り返った。長い腰まである漆黒の髪が揺れる。
「そっか。残念。また今度一緒にかき氷食べに行こう。あやせっち」
あやせっちと呼ばれ少女は、小さな手を合わせて謝った。
名は綾瀬未来。十六歳。高校一年生である。
「ごめん。理恵ちゃん。またね」
身長が150センチしかない華奢な体躯が、背の高い友人、理恵を見上げた。
長いまつげに、宝石のオニキスを嵌め込んだような綺麗な黒い目が印象的で、小顔で、とてもほっそりとしている。
その身長ゆえに制服を着ていなければ小学生と間違えられる事がある。未来は、慌てた様子で鞄を肩に担ぎ、パタパタと急ぎ足で教室の出入り口に向かった。
ところが、
「うわあ」
机の脚に躓き、ガラガラと大きな音を立てて机が横転すると、どっと勢いよく未来は転んでしまった。
「いたたたた」
「あやせっちは、おっちょこちょいだな」
クラス中でクスクスと笑う声が聞こえてきた。未来は赤面する。
未来の友人。理恵が駆け寄り未来の手を掴んで起き上がらせた。
こんなときの反応に困る。
未来は赤面しつつ苦笑いをして「ありがとう」と理恵の手を握った。
すると未来の鞄からポーチが落ち、中身がバラバラと床へ散らばった。
しばし沈黙。
「踏んだり蹴ったりって、このことを言うんだね」
理恵に言われ。未来は複雑な表情を浮かべる。
未来と理恵は床に落ちた物を拾った。
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