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混乱する頭を抱え蔵の中に戻った周は、疫病を患う者のようにガタガタと膝をついた。
「……雪子に……」
それだけを告げた周に、死神は頷いた。
「信じられないのだろ」
うなだれる周に、来いよ、と死神がいった。
ぬっと頭を引かれ、死神の胸に耳を当てがわれる。死神が息を吸い込むと、その胸の奥で木枯らしのような風がヒュウゥ、ヒュウゥと渦を巻く。
「聞こえるか。これが私の肺に巣食う病の音だ。史乃がお前を殺そうと仕掛けた、罠だ」
ヒュウゥ、ヒュウゥ……死病の音が、規則正しくすすり泣いている。
「あとは──触れてみろ。そうすれば分かる」
つかまれた利き手が導かれたのは死神の下腹であった。確かにそこに触れさえすれば、服の上からでも嘘か誠かの半分は分かる。
自分は知らねばならぬ。雪子の言葉が虚言か否かを。
固唾を飲み込みインバネスコートの裾から手を滑り込ませた。紬のような手触りの着物を分け入り、下衣と思しき布に指を掛ける。
すると確かにそこに、女ではあり得ぬものの感触を得た。
しかしそれだけでは足らぬ。これでは彼がただ自分と同性なるを確信したに過ぎぬ。
周は一度手を休め、崩れるように息を吐いた。二度、三度まで、ためらいの息をつく。心臓がどくどくと脈を打っている。
うぶだな。と死神が薄笑った。
息を吐き出し、止めていた手をインバネスコートの胸元に触れた。すると確かに、自分にはない膨らみを感じた。
──周、ああ周、おまえに会いたい、会いたいよ。なのに一生、会えないかも知れないだなんて。
地獄。まるで地獄だ。
朝も昼も夜もなく、昨日も今日も明日も同じ。どうやったらお前に会える? お前の消えた地獄を私はどうやって生きていけばいい?
十六年、十六年ものあいだ繋がれて、格別の罪を犯したわけでもないのに。否、この命、この肉体がこの世にあるということ、それそのものが既に、罪であるというのなら……。
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