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仕事が終わり、これから夕食にでもしようと適当に街を歩いていた。 週末の夜ということもあって、そこらじゅうに大勢の人の姿が見える。 路上に座り込んで飲んでいる若者たちの前を通り過ぎ、何を食べようか考える。 元々食にあまり興味がないので、店に入って食べる気も起きず、目に入ったコンビニエンスストアへと足を踏み入れた。 見るからに日本人ではない中年の女性店員が、かたことで「イラッシャイマセ」と挨拶してくる。 手持ちがあまりなく、イートインスペースがあったのでカップヌードルでも買おうかとそのコーナーに向かうと、あるものが目に入る。 それは、赤緑合戦 和解記念と書かれた宣伝用の札だった。 日本人ならば誰もが知っているだろう、大手食品会社の商品だ。 どうやら知らない間に新作が出ていたようで、見たことのないカップ麺を二つ手に取る。 『赤いたぬき天うどん』と『緑のきつねそば』。 なるほど。 それぞれの特徴を入れ替えたことで、これを和解として紐づけたのか。 よく考えるものだ。 「マルちゃんのうどんとそばか……」 つい呟いてしまいながら、自分がボランティア活動で数年住んでいた国――ネパールで食べたざるそばのことを思い出していた。 カトマンズで食べることのできる日本の本格的なそば屋に行ったときのこと。 そのとき自分はひとりではなく、ボランティアを通じて仲良くなったネパール人の少女と食べにいった。 「う~ん! おいしいねおそば!」 生まれて初めて食べた日本のそばに大満足だった少女。 彼女は将来日本に住み、通訳としてネパールのボランティア活動に参加したいようで、日本語も堪能だった。 「ねえねえ、あなたもおそばは初めて?」 「そんなことない、結構食べてたよ。とはいってもスーパーマーケットで買うカップ麺ばかりだったけどね」 「えッおそばのカップ麺? ラーメンじゃなくて?」 「うん、そばだけじゃなくうどんもあるよ。『ワイワイ123ヌードル』みたいな感じで、お湯を入れて待てば食べれるヤツ。ま、インスタントとはちょっと違うタイプだけど」 その言葉を聞いた少女は、テーブルから身を乗り出して来る。 向かい合う距離が近づき、彼女は興味津々で訊ねてきた。 「そのおうどんとおそばの名前はなんていうの」 「『赤いきつね』と『緑のたぬき』っていうんだ。きつねがうどんでたぬきがそば。どこでも買えて、値段も安くて味もおいしいよ」 身を乗り出していた少女は自分の椅子へと身体を戻し、なんだか困ったような顔をした。 何か気にかかったことであったのだろうか。 そのことを訊ねてみると、少女は両方の目じりを下げながら答えてくれた。 「どうしてきつねが赤いの? どうしてたぬきが緑なの?」 「えーと、なんでだろうねぇ」 そのときは答えられなかったが、それぞれの名前の由来を、日本に帰ってから調べてみた。 インターネットで見たサイトによると――。 『赤いきつね』は開発当初は熱々の美味しさが伝わるようにと、『赤いきつねうどん』という名で発売される予定だったという。 だが、店に置いたときの目立ちシズル感のある『赤』を基調としたデザインが採用されることになり、商品名も短くして、よりインパクトのある『赤いきつね』に決まったとのこと。 一方『緑のたぬき』は――。 『赤いきつね』のシリーズ品として位置づけられた商品であったために、“赤”と補色関係にある“緑”が選ばれたそうだ。 少女とネパールでそばを食べてから、もう数年が経つ。 忘れかけていた彼女との思い出を、まさかカップ麺に呼び起こされるとは考えてもいなかった。 「ねえ、じゃあアタシも日本へ行けばきつねとたぬきのおうどんとおそばが食べられるんだよね」 「ああ、日本ならどこでも売ってるからね」 「じゃあ、約束。あたしが日本へ行ったら一緒に食べようよ」 店からの帰り道で、はしゃぎながらそういった少女の笑顔がよみがえる。 あれから日本に帰ってきて上手くいかないことばかりだが、少女の笑った顔を思い出すと少しだけ元気が出てきた。 「久しぶりに食べるか」 それから新作ではなく、少女と話していたカップ麺を二つを手に取る。 レジで会計を済ませ、お湯を入れて待つこと数分。 フードコートで『赤いきつね』と『緑のたぬき』を一気に平らげた。 食べ終え、コンビニエンスストアから家へと帰る途中――。 少女との他愛もない口約束を思い出しながら、何も面白くもないの微笑んでしまった。 了
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