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「あの、ピアノ弾いてもいいですか」
「あぁ、どうぞ」
僕は吸い寄せられるようにしてピアノの前に座った。ふうと息を吐くと、おもむろに子犬のワルツを弾き始めた。弾いている間のことは覚えていない。弾き終えたら、お客さんがみんな拍手をしてくれていた。
「おにいちゃ、すごいね」
「ありがとう」
5歳くらいの男の子が駆け寄ってきた。「ぼくもひきたい!」と言う男の子に多岐さんは「いいよ」と笑って返していた。
「何弾くの?」
「きらきらぼし!おにいちゃもいっしょにひこう?」
「うん、いいよ」
それで一緒にきらきら星を弾くと、男の子は満足そうに笑った。男の子が帰ると、僕は玲の隣のカウンター席に腰を下ろした。
「すごいね」
多岐さんはそう言って、コーヒーを1杯サービスしてくれた。
「禱ピアノめっちゃ弾けんじゃん、知らなかった」
と玲がちょっと羨ましそうに言うのがおかしかった。
「ピアノ習ってたの?」
「いえ」
「ご両親が音楽の先生だったとか?」
「そういう訳では。あ、でも母はよくピアノを弾いてましたね」
「そうなんだ」
あの曲も、ママが1番好きな曲だと言ってよく弾いてくれたのだ。ママの部屋には電子ピアノとたくさん書き込まれた楽譜が棚にずらっと並ぶほどあって、小学生の頃はずっとそれらを読み漁ったり、ママが帰ってくるまで自力でそれを弾いたりしていた。
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