今日から開店、お金貸します

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今日から開店、お金貸します

 この物語は勇者が魔王を倒し、平和な世界がやってきてから始まる。  そう。僕は勇者の親友として、魔王討伐にも随行(ずいこう)してさ。そりゃもう大活躍したんだよ。  お礼にって僕らを召喚した女神さまが、これからも夢を通してこの世界に遊びに来ていいって言うんで、商売を始めることにした。  資金は問題ない。  魔王を倒すために貰ったギフトで、僕はここでは世界一と言っても過言じゃない大富豪になったからね。へへへ。 「でもさぁ。兄ちゃん!」 「ん? なんだ? かーくん」  あ、これは僕の兄、猛。ちなみに僕は東堂薫。あだなは、かーくん。 「女神さまが眠りについちゃったから、貰ったギフトが使えなくなっちゃったじゃん」 「うん。そうだな。まあ、いいんじゃないか? これからは戦闘になることなんかないだろうし、なったとしても、おれたち、ものすごく強いし。スキルなしでも」 「そうだけどさ。もうダンジョン歩いても小銭ひろえないんだよ」 「そうだな。かーくんのスキル。小銭じゃなかったけどな。大金ひろってたよな。数歩で何兆円も」 「もうひろえないんだよ!」 「うん? かーくん、大金持ちだろ? 一生遊び暮らしても使いきれないぞ?」 「そうだけど、小銭ちゃんたちは僕を慕って集まってくれたんだよ? 使ったら減っちゃうじゃないか!」 「…………」 「減っちゃうじゃないか!」  猛は生ぬるい目で僕を見た。 「うん。減るな。だから?」 「僕の小銭ちゃんが一枚でも減るのはさみしいんだよぉ。僕が働いて得たお金は減ってもいいんだ。でも、ひろった子たちは減らしたくない!」 「…………」  あっ、猛の目がいよいよ生ぬるく……。 「で?」 「だから、お金を増やすために商売をしようと思う」 「うん。いいんじゃないか? どんな商売?」 「ほんとは銀行やってみたいんだけど、人から預かったお金を資金運用して増やすのは、失敗したときリスクが高いと思うんだ。全部、僕が自腹で補填(ほてん)することになるだろ? だから、金貸しだね。僕の大事な小銭ちゃんたちを貸しだすかわりに、利息をもらう」 「ま、いいんじゃないか。この世界で金借りに来るやつがいるかどうかわかんないけどな」  というわけで、僕は今日から個人消費者金融だ。これなら店舗も自宅の一部ですむし、仕入れも人件費も必要ない。そして、取り立ては兄ちゃんがしてくれる。 「ね? 兄ちゃん。用心棒アンド取り立て屋、任せたよ?」 「えっ? おれ? 兄ちゃん、ボイクド城の将軍に任命されたんだけど?」 「将軍が取り立てに来たら、みんなビビッて、ちゃんと支払ってくれるよ」 「ああ……」  この世界での兄は背中に竜の羽なんかあって、いかにも魔人っぽい。取り立て屋にはピッタリの迫力だ。 「じゃ、僕、さっそくチラシ作ってもらいに印刷屋に行くよ」 「気をつけるんだぞ。かーくん」 「うん。だいじょぶ。だいじょぶ」  何しろ、こっちの世界の僕はめちゃくちゃ強いんだ。猛のほうがもっと強いけど、少なくとも今の僕なら、一人でも四天王は()れる。  そんなわけで、のほほんと一人で外出した僕。  郊外の森のなかにある一軒家(豪邸)を出ると、トコトコ街へと歩いていく。この森も僕のものだよ。なんてったって大金持ちだから。欲しいものはなんでも買えちゃうね。  すると、しばらくして、今にも死にそうな感じのおばあさんがすわりこんでた。ああ、うちのプライベートウッズに勝手に入りこんで困るなぁ。どう見てもホームレスだ。異世界にもホームレスっているのか。  出てってほしいなぁ。  でも、きっと、宿に泊まるお金もないんだろうなぁ。といって、お金をあげるのは、僕の小銭ちゃんがさみしがるかな?  僕がどうしようか迷ってると、おばあさんが声をかけてきた。 「あの、もし、すみませんが、水を飲ませてくれませんか? 喉がかわいて死にそうです」  プライベートウッズで死なれるとヤダな。死体の処理に困るし、へたすると僕が殺したことになってしまう。 「ちょっと待ってね」  僕は肌身離さない愛猫ミャーコそっくりのポシェットをのぞいた。ブラックホール的になんでも収納できる冒険者のカバンだ。人それぞれ形が違う。僕のはミャーコ。 「うーん。ミネラルウォーターがない! おばあさん、栄養ドリンクでもいいですか? オマケでアメちゃんあげるから。今から街まで行くんで、帰りにお水とパンを買ってきますね」  僕は栄養ドリンクのビンとキャンディの袋入りをおばあさんに渡した。お年寄りには親切にしとかないとな。  でも、やっぱ、プライベートウッズに住みつかれると困るから、あとでギルドの人に頼んで、難民救済所か貧困者保護施設につれていってもらおう。そうしよう。大金持ちの僕はギルドに数十兆円もの寄付してるから。救済所も僕が建てたようなもんだ。  すると、栄養ドリンクを飲みほして、アメちゃんをムグムグしたおばあさんは感動したようすで叫んだ。 「美味い! それに元気があふれてくる!」 「それはよかった」 「あんた、ほんまにええ子やな。お礼にこんなんプレゼントしょ」  なんで急にエセ関西弁?  それどころじゃなかった。  おばあさんの姿がとつぜん、それはそれは美しい精霊のような女の人に変わる。 「これからは、あなたが言葉を話すたびに、口から元気の出るアメちゃんがとびだすでしょう」  あっ、エセ関西弁じゃなくなった。てか、何言ってんだ? この人? いや、人じゃないよな。この感じ。  僕が考えこんでるうちに、女の人は去っていった。  でも、これがとんでもない事件の幕開けだったんだ……だったんだよ。
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