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私の好きなひとには、大切な女性がいるらしい。(1)
「今日の授業はここまで。少し時間が余ったが、何か聞きたいことがあるひとはいるか?」
大好きな橋口先生の言葉に、私は勢いよく挙手した。ため息をついた先生がなかなか指名してくれないので、手をぶんぶん振り回したり上下に動いてみたりしながら、必死でアピールしてみる。先生、私はここです、ここにいますよおおお。
「誰か、質問があるひとは?」
「ナチュラルに無視しないでくださいっ」
「はあ。中西、今は数学の時間だからな」
「めちゃくちゃ大事な、今後の進路にもかかわる質問です!」
「……じゃあ、中西」
はふん、頭が痛いと言わんばかりに、額に手をあてる仕草がエロいですね! ああ、そこのくいっと眼鏡をあげる動作も高得点です! っと、それは置いといてっと。
「はーい! 橋口先生と彼女さんの馴れ初めが聞きたいです!」
「……はあ」
「いいじゃないですか、こう、甘くってきゅんきゅんする話はいくら聞いてもいいもんですよ」
「他のひとの迷惑も考えるように」
「え、たぶん誰も気にしていませんよ?」
ぐるりと教室内を見回して、私は正直に告げてみた。
だって事実その通りなのだ。数学が得意なひと――私の親友とか――たちはとっくに理解していて、今は塾の教材を解いたりしている。数学が苦手なクラスメイトは、もうすっかり上の空で数学以外の話題ならなんだって歓迎してくれる。ちなみに、このクラスの中で一番数学が苦手なのは私なのだけれど。
「ああ、残念だなあ。橋口先生の素敵なアオハルについて話を聞けたら、なんかすごーく数学を頑張れそうな気がするのになあ」
「なるほど。つまり夏休み中の数学の補習は不要になると」
「え?」
ちょっと待ってください。それとこれとは話が違いますよ。だいたい、補習がなくなったらタダでさえ少ない先生との時間がゼロになっちゃうじゃないですか!
世の中には補習がないことを喜ぶ学生がほとんどかもしれませんけどね、私は先生に会える喜びを噛み締めているんですよ!
「先生が彼女に出会ったのは、学校近くのとある寂れた神社だった。真っ赤な夕焼けが」
「いきなり始まったし!」
「なんだ聞きたくないのか? お参りに来ていた彼女は」
「うううううう、聞きたいですうううううう」
だって、好きなひとの恋バナだよ。私が体験できるはずのない、過去の先生のことがわかる貴重な時間だよ。それはもう補習を代償にしても、絶対に話を聞いちゃうよね!
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