初恋こじらせ

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初恋こじらせ

「リーザ。またお見合い、失敗したんだって?」  爽やかな早朝。騎士団本部の扉をくぐろうとしたら、背後から声をかけられた。  からかいを含んだ口調。聞きなれた声。振り返らなくても、誰だかわかる。 「さすが騎士団一の遊び人ラウロ。耳ざとい」  お見合いをしたのは昨日の午後だ。それでもう知っているというのは驚異的。  ラウロを相手するだけバカを見るので、それだけ言って、さっさと中に入る。 「みんなが注目しているからな。リーザ・ブルッティ隊長の連敗記録はどこまで続くのか。やっぱ百は堅いな」  振り向き様に足払いをする。が、ラウロは軽々とよけた。悔しい。予備動作は一切しなかったのに、この反射神経。人格と能力が比例しないなんておかしいと思う。 「そうイラつくなよ。残念会を開いてやろうか?」  ラウロはニヤニヤとしている。顔はいいくせに表情が下衆すぎて気持ちが悪い。 「あのねえ。何度も言っているけど、私がお断りしてるの。負けは向こう」 「でもせっぱつまっているのは事実。ブルッティ伯爵家当主としては、跡継ぎを産む義務があるんだろ。なのにリーザは来年には三十歳」  ラウロがププッとバカにしたように笑う。  無言で回し蹴りを繰り出すけど、またしても逃げられた。 「お前だってそうだろうが」  私たちのあとから入って来たサルヴィ団長がラウロの頭にぽんと手を置いた。  団長は私より背の高いラウロより、さらに頭ひとつ分大きい。 「やめてくださいよ」  ラウロが団長の手を振り払う。 「それなら朝っぱらからリーザに絡むな。放蕩息子」  ラウロは遊び人で軽薄で性格が悪い。でもマッツォーニ公爵家の嫡男で、いずれは当主となる人間だ。昔は婚約者がいたけど二十歳のときに破談になり、以来、身を固めようとはせずに浮き名を流し続けている。 「だがリーザもだ」と団長が私を見る。「ブルッティの騎士の血筋は尊いとは思うがな。『婿は自分より強い男』だなんて言っていたら、いつまでたっても結婚できないぞ。亡き団長もそれは望んでいないと、俺は思う」  我がブルッティ伯爵家は代々当主が騎士団長を務めている、いわゆる名家だ。私の父は早世したけど祖父は長くその任にあった。そしてたったひとりの孫である私を自分の後継として立派な騎士に育て上げてくれた。そんな祖父は私が十八のときに病で亡くなってしまった。そろそろ見習い期間が終わり、正式に騎士団に入団するという頃合いだった。  当主となった私には、縁談が星の数ほど舞い込んできた。ブルッティには名誉だけでなく、かなりの財産がある。つまり私と結婚すれば楽な生活ができる――と世間は思っているからだ。  でも私はそんな奴らはお断り。  どんなに顔が良くても世辞が上手くても、夫にはしたくない。騎士の血筋を守るため、私の夫に必要なのは強さだ。 「前団長は、『リーザには長生きする家族を贈りたい』とよく言っていたのだからな」とサルヴィ団長。  私の母も短命だった。祖父がそう言って私のことを案じていたのは、よく知っている。でも―― 「それはそれです」 「まったく。強情なんだから」  団長がそう言うと、 「そのとおり」とラウロも偉そうに言う。 「軽薄よりはマシだね」  私は言い返すと、足早にラウロから離れた。  ラウロとはほぼ同じ時期に騎士団の見習いになった。公爵家の嫡男が入るのはだいぶ珍しいことらしい。彼は目立っていたし、『坊っちゃんのお遊び』と言って批判的な騎士もいたけど、彼の剣の技量は群を抜いて素晴らしかった。当時から軽薄だったけど。よく仲間とふざけたことをして、先輩に怒られていた。  彼と私は年が同じこともあって、いつの間にか自他共に認めるライバル同士になっていた。正直なところ、私は騎士団長にはなれないかもしれないと思っている。剣術は私のほうが上だけど、リーダーとしての素質は悔しいけどラウロのほうがある。軽薄ではあっても仲間とのコミュニケーションがうまいから。私はちょっと生真面目すぎる。自分でもわかっているけど、直らない。  背後からラウロと団長の話が聞こえてくる。話題はラウロの恋愛についてみたいだ。  聞きたくないので急いで距離をとった。  私は見習いのころからずっと、ラウロが好きだ。初恋をこじらせたまま十年以上が経ってしまった。  彼の剣技は美しい。ムダがなく的確な動き。軽薄な性格を差し引いてもお釣りがくるくらいの美点だ。最初に好きになったのはそこだった。そして気づいたときには、彼自身のことまで好きになってしまっていた。  自分で言うのはなんだけど、不思議で仕方ない。あんな軽薄な奴のどこがいいのだか。  だけど剣を握っているときは、誰よりも真剣な顔をしているのだ。  彼のことは好きだけど、どうにかなりたいとは思っていない。私は伯爵家の当主で向こうはいずれ公爵家の当主だ。お互いに嫁入り、婿入りのできない身なのだから結婚はできない。望むだけムダ。  そう、ムダ。 『自分より強い男』だなんて条件を出しているのは、ラウロへの気持ちの整理がつかないから、結婚を先延ばしにしているだけ。でも十年以上好きなのだから、きっとこの想いにケリをつけられる日なんて来ないのだ。本当に全部ムダ。  私はずっと意味のないことをしているだけだ。  ◇◇ 「のう、リーザ」  突然警護対象の国王陛下が振り返って私の名前を呼んだ。執務の合間の短い休憩時間。陛下は休みでも私は仕事中だ。それなのに名字ではなく名前。プライベートな用事かもしれない。 「なんでございましょう、陛下」  一歩前に出て恭しく尋ねる。 「また破談だと聞いたぞ」  やっぱり!  やっぱりそのことか。言われると思っていたよ!  国王陛下と祖父は盟友だった。だから陛下はひとりぼっちになった私のことをなにかと気に掛けてくださる。  ありがたい。だけど時たまうっとおしい。 『時たま』というのはつまり、破談したときのことだ! 「どんなに良い男でもリーザは『自分より強くないからダメ』と言う。そなた、結婚する気はあるのかね?」 「もちろん、あります。ブルッティの血筋を絶やさないことが当主の使命ですから」  まあ。そんなことはどうにでもなるとは思う。祖父は五人兄弟だったから、その辺りの親戚を私の養子にとれば即、跡継ぎ誕生だ。 「そうか。だがもうそなたには任せておけぬ」 「……というと?」  陛下が結婚相手を決めてしまうのだろうか。 「リーザ・ブルッティ杯を開催する」 「……なんですか、それは」 「剣術大会だ。優勝者がそなたの夫となる」 「ちょっ……! 待ってください!」 「もう公示を出したもんね」ニヤリとする陛下。「今日最初にこの執務室から出て行った書面。アレがそうだ」 「えぇ……」  記憶をさぐる。今日最初……はいったい何時間前だ?  陛下は手元の紙に目を落とす。 「先ほど届いた最新情報によると、すでに参加者が四人。騎士団がふたりに……」 「ちゅ、中止に!」 「結婚する気はあるのだろう?」と陛下。「わしに前言を撤回しろと命ずるのかね」 「いえ、あの……」 「いやはや楽しみじゃ。ふぉっふぉっふぉっ」  陛下はご機嫌に笑い、私はがっくりと肩を落とした。  ◇◇  昼休憩に向かう途中、廊下の向こうにラウロの姿を見つけた。昼食を済ませて、部下たちと持ち場に戻るところのはずだ。そこに居合わせたどちらかの令嬢が彼に話しかけている。  遊び人で軽薄だけど、公爵家の嫡男で見目も良いラウロはよくモテる。  何年経っても、あんな場面を見ると胸の奥に痛みが走る。  馬鹿馬鹿しい。好意を伝える気はないのに、いっちょまえに傷つくなんて。 『好きだ』  耳元で紡がれた、真剣で熱を持った声を思い出す。  私は一度だけラウロに熱烈に口説かれたことがある。  彼の婚約が解消になってすぐ。些細なきっかけで、ふたりきりで城下の居酒屋でお酒を飲んだ。その帰り人気(ひとけ)のない細道で、酔いに酔ったあのバカは、私を抱き締めて『好きだ』と言い始めたのだ。  熱を帯びた口調で何度も『好き』と言われて、私は嬉しくて泣きそうになった。生まれて初めてのキスをして夢見心地だったけど、ラウロが 『お願いだから俺と結婚してくれ、リーザ』  と言ったときに現実に引き戻された。  ブルッティ伯爵の私。マッツォーニ公爵家をいずれ継ぐラウロ。ラウロが公爵家を出ない限りは結婚なんてできない。  そしてラウロの元婚約者の名前はリーズロッタで、解消は彼女のほうから持ち掛けたとのことだった。  酔っぱらいラウロは私と元婚約者を間違えている。  そして酔っぱらいの私は彼が『リーズ』と呼んでいるのを都合良く聞き間違えていたのだ。  そう気がついて、私は慌ててラウロの腕の中から抜け出して逃げ帰った。一晩中泣いた。  翌日、顔を強ばらせたラウロが話しかけてきたけど私は強がって 『昨晩のことは全部忘れてあげるから、ラウロも踏ん切りをつけなさいよ』  と言って、全てをなかったことにしたのだ。  きっとラウロはもう忘れているだろう。酔ってのことだったし、彼にとっては黒歴史のはず。彼は相当元婚約者を好きだったようだ。浮き名を流し始めたのはそれからすぐだ。  あの日以降、ふたりで飲みには行っていない。  だけど時々思う。もしラウロに『私を好きだと言ってくれたのだと思って、幸せだったの』と正直に伝えていたら、どうなっていたのだろう。  言葉に出してきっちりフラれていれば、片思いをこんなに引きずることはなかったかもしれない。  ◇◇    騎士団の鍛練場が即席の劇場になっている。陛下や王族のための貴賓席が儲けられ、そこを起点にロープが張られて観客席とアリーナが分けられているのだ。観客は暇な貴族と非番の騎士団員がほとんど。結構な盛況ぶりで、当事者の私は吐きそうな気分だ。  これだけの場では、優勝者との結婚を拒むことはできそうにない。いい加減、腹をくくらなければならないのだ。  しかも私は国王が下賜する賞品だから、特別に陛下の隣に座っている。忠実なる臣下としては仏頂面を晒すわけにはいかず、顔に笑顔を張り付けている。ああ、吐きそうだ。  大会の参加者はなんと二十人もいて、トーナメント制だ。玉石混淆で騎士団員もいれば、一発逆転を夢見ているとしか思えない文官もいる。そんなに伯爵の夫という立場が魅力的なのか。私自身は魅力ゼロのとうのたった女なのに。  私の暗い気分をよそに、試合が始まる。手元にはトーナメント表があり、ほぼ予想どおりに勝敗が決まっていく。やっぱり現役の騎士団員が強い。  ただ、表の端、一回戦の最終試合に知らない名前がある。何人かに聞いてまわったけど、その男を知っている者はいなかった。彼だけが不確定要素だ。 『ほんとに優勝者と結婚するのか? 相手が誰であっても?』  団長に尋ねていたとき、そう言って話に割り込んできたのはラウロだった。 『陛下がお決めになったことだから従うよ』そう答えると、団長が頭をよしよしと撫でてくれた。 『リーザより強い男なんてそうそういないから、陛下も苦肉の策なのだろう。親心だと思うぞ』 『わかっています』  三人でそんなやり取りをしたけど、団長は勤務中で会場にはいないし、非番のラウロの姿も見えない。――まあ、そうか。彼は私が賞品の大会になんて興味はないだろう。  アナウンスが一回戦最後の試合の参加者の名前を読み上げる。  さて、知らない男はどんな人物か――  そう思ってアリーナに目をやり、首をかしげた。場内もざわめき立つ。  知らない男、ノワール・ロッソは仮面をつけていた。鼻から上だけのものだけど、絶対に視界が悪い。分が悪くなるあんなものをつけて、なぜ大会に出るのだろう。誰かに強制されて、でも素顔は晒したくないから、といった理由だろうか。気の毒に。  でも大丈夫。対戦相手は民間の騎士だけど腕前の評判は高い男だ。ノワールは間違いなく敗退する。  始め、との合図にふたりが戦い始める。予想に反してノワールのほうが優勢だ。白熱した戦いに歓声が上がる。やがてバランスを崩した騎士が膝を地面につき、勝敗が決した。  心臓が口から飛び出しそうなくらいに、鼓動が早い。  ノワール・ロッソ。彼のムダがなく的確で美しい動き。あの剣技はよく知っている。見習いのときから十五年も見てきているのだ。見間違えるはずがない。あれはラウロの剣技だ。  どうして?  なんで?  疑問が頭の中をぐるぐる回る。  優勝したら、私と結婚しなくちゃいけないんだよ?  わかっている?  ◇◇  ノワール・ロッソの試合のたびに、私は掌に汗をかくほど緊張をした。だけど彼は毎回全力で戦い、危なげなく勝利。  そうしてノワールはあっさりと優勝してしまった。  私は訳がわからずにただただノワールの姿を見つめることしかできない。周囲は割れるような大歓声で勝者を称えている。  と、ノワールがすっと抜き身の剣を持ち上げた。切っ先がまっすぐに私を指している。歓声がさざなみのように引いていく。 「リーザ・ブルッティ。勝負を申し込む」ノワールが言う。  だけどその声は間違いなくラウロの声だ。 「なぜかね」と陛下が静かに尋ねた。  ノワールは剣を下げ、陛下に礼をとる。 「勝つためです。優勝した私は彼女と結婚できる。ですが彼女を納得させるには、私が彼女に勝つことが必要なのです」 「そうかね」  陛下が私を見て『行ってきなさい』と言う。  言われなくてもそうするけど、ラウロの考えがまったくわからない。まさか彼は私と結婚したいのだろうか。  まさか!  私たちの間には、九年前の勘違いの求婚以外に男女っぽいあれこれは一切ない。むしろケンカばかり。  アリーナで仮面のラウロと対峙する。五戦を終えた彼は、やや疲れていそうだ。  審判が開始の合図をする。ラウロが振り下ろした剣を受け止める。すぐに離れ、受け止めを繰り返す。仮面の奥の瞳がラウロと同じ緑色をしている。やっぱり彼はラウロだ。  距離をとり、左に回る。  すぐに攻撃が来る。  激しい攻防が続く。ラウロは疲れているはずなのに攻撃の手を緩めない。一撃一撃も重い。彼と最後に組み手をしたのは何年も前だけど、あのころとは違う。  仮面の奥から軽薄とは程遠い、強い目が私を見据えている。なんなのだ、この気迫は。  気圧されるような私ではないけれど、休みない攻防に足が少し乱れた。わずかにできた隙。次の瞬間、ラウロの剣が私の剣を振り払い、その切っ先が私の喉元にあった。 「勝負ありっ!」  審判が叫ぶ。 「勝った!」ラウロが叫ぶ。「お前に勝った! 大会も優勝した! もう逃げられないぞ!」  彼はそう言って空いた手で仮面をむしり取り投げ捨てた。現れたのは、やっぱりラウロの顔だった。 「今度こそ」なぜなのか泣きそうな顔をしている。「俺と結婚してくれ、リーザ!」 「今度こそ……って?」  構えたままだった剣を下ろす。ラウロも私に突きつけたままの剣を下ろした。 「頑張ったけど、踏ん切りがつかなかったんだよ! 九年も。アホらしいけど!」 「え? 九年? それって――」  あの酒場帰りのこと? まさか。だってあれは元婚約者と私を間違えて……。 「リーザ、俺のプロポーズを忘れているのか」  ラウロの泣きそうな顔がそのまま強ばる。 「プロポーズ? 私がされた? 勘違いじゃなくて?」 「しただろ、はっきりと!」 「あれは――」  むんず、と頭を掴まれた。 「団長!」  いつの間に来たのか、仕事中のはずの団長が私の頭を掴んでいる。 「お前ら、そこまで。御前だぞ!」  そう叫んだ団長は、もう片方の手でラウロの頭も掴んだ。無理やり頭を下げさせる。その先には陛下のお姿。  そうだった陛下の御前だった――。  ◇◇  即席アリーナから連れ出された私とラウロは、騎士団本部の一室に『反省しろ』と一喝されて放り込まれた。  だけど今は反省どころじゃない。椅子に座る間もなく向かい合って立っている。  やたらと心臓がうるさいし顔が暑い。 「リーザ」  まだ泣きそうな顔をしているラウロ。男前が台無しになっているけど、そんな顔も素敵……じゃなかった、ええと。 「本当に俺のプロポーズを覚えていないのか」 「いや、そうじゃなくて、覚えているけど――」  ラウロの顔がわかりやすく明るくなる。 「――あれは酔っぱらっていたから、間違えたのでしょ? ラウロが」 「俺が間違えた? なんのことだ」 「だから、元婚約者のリーズロッタ様と私を」  でも、これこそ私の勘違いだったみたい、な気がする。 「はあ? 俺は間違えてなんていない。なんでそうなる。意味がわからん」 「だ、だってラウロ、リーズロッタ様に未練が」 「ねえよ!」 「彼女から婚約解消されたのでしょ?」 「あ」ラウロは頭をガシガシとかいた。「――違う。俺が頼み込んで破談にしてもらった。でもそれじゃ彼女の世間体が悪くなって、次の縁談に響くだろ? だから彼女からってことにしたんだ」 「そうなの?」 「そうだ。疑うなら彼女に訊いてみろ」  となるとあのときのプロポーズも『好き』という言葉も……。 「ん? じゃあリーザが『踏ん切りをつけろ』って言ったのは、もしかしてお前の中で俺は、俺を捨てた元婚約者にすがっている情けない奴になってたからか?」 「うん。それはまずいんじゃないかなと思って」 「なんでだよっ!」ラウロがまた頭をもしゃもしゃとかき回す。「あの晩、リーザが急に鳩尾に一発入れて逃げてくし――」  そういえばそうだった。ラウロは体をくの字にしてうめいていたっけ。 「――次の日には『忘れてあげる』だの『踏ん切りをつけろ』だの。俺はフラれたんだとばかり」  やっぱりこれは。あの言葉は全部私に向けてのものだったんだ。 「あのとき」ラウロがうつむいていた私の頬にそっと触れた。「最初のキスは逃げなかったよな。リーザへの求婚だとわかっていたら、返事はなんだったんだよ」 「――でもラウロは公爵家の跡継ぎでしょ。爵位を夫婦が別々に持つことは禁じられているし――」 「家は出る。爵位よりもリーザが欲しい」  ボンッと顔が熱くなる。 「返事は? あのときも、今も」 「そ、その前になんで偽名? 仮面も? 勝負を挑まれたのも!」 「だって俺だとわかったら参加させてもらえないと思ったから」ラウロがしょぼんとした顔をする。「リーザが王命で、納得できない結婚をするのは嫌だった。仕方なしの相手なら、それが俺でもいいんじゃないかと思った。それでも少しでもリーザに納得はしてもらいたくて、勝つことにしたんだ」 「そ、そんなに私を好き?」 「何年初恋をこじらせてると思ってんだよ。めちゃくちゃ好きだよ。フラれたときはショックで記憶が一週間くらい飛んでいる」  なにそれ!  ラウロがまた私の頬を指の背でなでる。  というかいつの間にかほぼゼロ距離だし、腰を抱かれている! さ、さすが軽薄! 「リーザ。リーザは?」  ラウロが私の目をのぞきこむ。普通にしていると美男だし、声は素敵な低音だし、心拍数が上がってしまう。  しっかり、私! 「私もラウロが好き。プロポーズは嬉しすぎて、泣きそう。――あのときも、今も」  ラウロが破顔する。 「涙が」と目尻をぬぐわれる。  それからキスをして――  キスをして――  まだまだキスをして――  はっと我に返る。 「ちょっと待って!」  ラウロを押し返す。いつのまにか私の上着とシャツのボタンが外れて服が半開きになっている! 「ど、ど、どこを触っているの!」 「九年待ったし」と真顔のラウロ。 「今は反省中!」 「だから?」  再び抱き寄せられる。抗議しようにも口をふさがれモゴモゴとしかならない。  まずい、ふわふわして気持ちいい。流されてしまう。  必死に拳を一発、ラウロの鳩尾に入れる。うめいて体を折るラウロ。 「へ、陛下にきちんとご挨拶をしてから!」 「したら、いいんだな!」きっとにらまれる。「アホらしい勘違いでフラれた怒り、思う存分発散させてもらうぞ!」 「え、いや、それは……」 「九年ぶんだからな!」  ラウロはさくさく私のボタンをかけていく。 「今日中に結婚届けを出す」 「いや、ラウロのご両親……」 「陛下がなんとかしてくれるだろ。陛下の企てた御前試合だ」 「でもね」  ラウロは私の腰を抱き、ずんずん扉に向かう。 「どのみち昨日、跡継ぎは従弟にしてくれって書き置きを置いて家を出たから問題ない」 「なにそれ、問題ありまくりじゃない!?」 「平気。俺が両親の方針に従わないのは今に始まったことじゃないから」 「……わかる気がする」 「だろ?」  ラウロが扉を開ける。と、そこには腕を組んで仁王立ちのサルヴィ団長がいた。 「話と反省は終わったか」 「はいっ」  ラウロと私は踵をつけて姿勢を正す。 「ならば陛下の元に謝罪に行くぞ」  踵を返した隊長のあとに続く。 「陛下は 」と隊長が振り返らずに言う。「公費をかけて、盛大な痴話喧嘩を見せられたのかとお怒りになっている」 「ケンカではありません。プロポーズです」しれっとラウロ。  隊長が振り返る。笑顔だ。 「陛下のご冗談だ。まさかお前たちが両思いだとは思わなかった。相談してくれれば良かったのに」 「言えますか。俺は前回のプロポーズで手酷くフラれたんですから」 「それは誤解したから! ……でもごめん」 「誤解する意味がわからない」とラウロが不満げに言う。 「だってあの時まで全然そんな素振りはなかったじゃない」 「婚約者がいるのに、好きだなんて口説けないだろ。不誠実な」  再び振り向く隊長。 「お前が言うか!」 「フラれるまでは誠実な男だったんですよ! まだやさぐれていなかったから!」  やさぐれる……。 「って、遊びまくっていたのは私のせい!? 破談になったからじゃなくて?」 「そう」とラウロ。 「それでもリーザが好きだったのか」と隊長。 『重い……』との呟きが続いたような気がする。 「まあ、良かった。リーザが俺を好きだったとはな」  ラウロが前を向いたまま、私の手をそっと握った。  隊長の前でこれはどうなのよと思ったけれど、ラウロの横顔がものすごく幸せそうだったので、ぎゅっと握り返した。 《おわり》
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