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私達が散骨した崖。そこに百合の草履が残されていた。
最寄り駅の防犯カメラに百合は映っていなかった。彼女を乗せたタクシーも見つからず、ホテルの衣裳部屋から崖までの一切の痕跡がなかった。
深山は憔悴していた。
白無垢を試着した時「綺麗だね」と褒めて、百合は微笑んだ。頬が赤く染まるのを見た。それで彼は安心したという。
最近はおかしな言動も減り、彼は努力が報われてきたと感じていた。
私は思う。
「綺麗だね」と言われたその一瞬、百合の心は確かに深山に惹かれたのだろう。
それでよかったのに、彼女は自分が許せなかったのだ、きっと。
そこから彼女の決意は固まっていった気がする。
あるいは、兄の遺灰がそうさせたのか。百合と一体化して、指の血管の先に至るまで呪いじみた愛が束縛し、崖へと誘ったのか。
私は思い描く。崖まで歩く百合の姿を。
手を引いて先を行く、兄の姿を。
幸せな二人は海に身を投げる。白無垢が海水を吸う。
二人は一つになる。
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