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校舎から飛び降りた少年に、「もうちょっと待って」と言いたかった。
代われるものなら、代わってやりたかったよ。
君が生きてるうちには、きっと月へ行けたんだからさ。
ブランコが、キィキィと軋む音をたててゆっくりと止まる。
歳月が刻まれたフク子の皺だらけの手は、しっかりとブランコの鎖を掴んで離さなかった。バランスを保つことが出来たのは、亡き夫と愛好していたエアロビクスのお陰だろう。
フク子は足を地面につけると伸びをした。節々が痛む。
「やっぱりこの年で無茶するもんじゃないね」
スカーフはどこへ行ったのかと探し回ると、ジャングルジムの端っこに引っかかっていて、フク子は木の枝で上手く取ることができた。
「良かった」大事に頬ずりし、フク子は再びスカーフを首に巻く。
夕空に、白銀の月が輝く。
月に攫われるように体の浮いた感触は、残り少ないこの一生、フク子は忘れない。この身体は、まだ生きたがってる。
ウサギの餅つきを確認できない無念を、来世への楽しみにして、フク子はUMAを見つけたような勢いでスマートフォンのカメラで月を撮った。
今夜、日本上空を通る国際宇宙ステーションが、少年の魂を安らかな天国まで連れてゆくだろう。
どこか近くで「お義母さぁん」と、フク子を探すのんびりした嫁の声が聞こえた。
<了>
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