いざ関空へ! 14-7

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いざ関空へ! 14-7

 あの日から一年の月日が流れ、二〇〇七年の春を迎えようとした。  私は息子と二人で夫の墓参りに行った。 「ここが父さんの故郷なんだね」 「そうよ。もう忘れたでしょ」 「納骨のときは病気で来られなかったけど、俺、前に来たことがあるの」 「生まれたばかりのときに一度だけね」 「誰と?」 「お父さんとに決まってるじゃない」 「そうなんだ」 「そうよ」 「母さん。俺、春休みになったら野球をしようと思うんだ」 「野球するの」 「うん。父さんも野球をしてたっていうし。俺、父さんの子だし」 「そうね。お父さんの子だもんねぇ」 「母さん。俺、野球うまくなるかなぁ」 「そうね。がんばればうまくなるんじゃない。お父さんの子だもん」  私は笑顔を向けて答えた。  私が急に墓参りを思い立ったのは、七通目でもあり、足して十四通目でもある手紙を読んだからだ。  先日、彼女から手紙が来た。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇  北原夏樹様  突然のお手紙に驚きました。  あなたが私を憎んでいなかったと知って感謝しています。  あのとき、あなたとお話ができたこと、幸せでした。  あの人の写真は、元気に笑って、いつも私を見ています。  家でも、仕事場でも、同じように。  それからあなたのご提案に賛成です。  私はあれから会社を辞め、かねてからの夢でした  咖啡(コーヒー)のお店を開きました。  日本での喫茶店(コーヒー専門店)になります。  是非、上海へ来てください。  美味しい咖啡(コーヒー)()れさせていただきます。   張蕾より  追伸  中国では北京オリンピックや上海万博を開催いたします。  是非、観に来てください。  あなたと会える日を楽しみにして心からお待ちしています。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇  それが私から彼女に出した手紙の返事になった。  手紙を読んで、彼女が同じ写真を部屋に飾り、ずっと持っていたことを知った。  思いを信じる女性に、心を大切にする女性に、人を愛する女性に、  一体誰が憎むことなどできようか。  手紙通りに、もし私が上海へ行ったなら、彼女は私のことをきっと『同志』と呼ぶだろう。  他人には誰も理解できないだろうけど、私から彼女に手紙を書いたのだ。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇  張蕾様  関空では長々と時間を取っていただきありがとうございました。  あのときは私自身が彷徨(さまよ)っていたように思えます。  あれから私もあの人の笑顔を思い出すことができました。  確かにあの人は私にも息子にもいつも笑顔を向けていました。  こんなことをあなたに言うのはおかしいのかもしれませんが、今更ながら、あなたと追憶が共有できたことはよかったのではないかと思うこともあります。  あの人は、  あなたの心の中で元気にしているのでしょうか。  いつかあなたと、もう一度お話しができることを楽しみにしています。  今度、二人であの人をとっちめてやりましょう。   北原夏樹より ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇  墓前で手を合わせ、すべてを伝えた。  息子が私の背中に話しかけてきた。 「母さん。父さんと何を話したの」 「ひ・み・つ!」 「けち!」 「大人が生きて行くには、秘密が必要なのよ」 「秘密?」 「そうよ。秘密がいつしか追憶となって、誰かと共有して生きてゆくものなのよ」 「ふ~ん。俺なら隠し事のない人生を歩みたいな」 「それも一理、いえ、あなたが一番正しいわ」  息子の笑顔はあの人に似ていた。 ※【14話完】   最後まで読んでいただいてありがとうございました。
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